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混沌の風景

混沌であって、フランス語のcontentではない。というわけで、家族で香港に行って、しけたビルのしけたホテルのしけた一室に宿泊する。いきなり「予約入ってない」という海外安ホテルにお決まりの洗礼を浴びて、「おお久しぶりだな、こういうの」と思っていたが、今回は家族を連れているので笑いごとではない。ともあれ、なんとか部屋を確保し、予定どおりに結婚式に出席する。新婦は「えれーべっぴんさん」という表現がぴったりのChinese Ladyだった。頭もよさそうだし、愛嬌もたっぷりだ(ここ重要)。友人にいいパートナーが見つかってよかったなあと思った。前職の偉いひとたちがたくさん来ていたので、ずっとサラリーマン的に恐縮してばかりだったのだけれど、まあみんな元気そうでなによりである。

 

細かいことを書こうとすればいくらでも書けるのだろうが、一点だけ触れておくと、とにかく香港では赤ちゃんを連れているというだけで特別扱いされた。子どもは宝だという価値観が、「太陽は東から登る」という普遍の法則のように人々の間に行き渡っているような印象を受けた。

 

日本に帰ってきて翌日、案の定体調が悪くなる。体は体なりにいろいろ気を遣っていたのだろうなあと思う。それに油ものばっかり食べていたので(ほとんどそれしか選択肢がない)、まあある程度は仕方ないのかと思う。

 

☆☆☆

 

英語で”Are you happy?”と訊かれると、すぐに”Yes, I’m enjoying my job and have a gorgeous wife and two adorable daughters”とか答えられるのだが、日本語だと「うーん…」となってしまうのはなぜなのだろう(僕だけかもしれない)。日本語についての僕の持つ業があまりに深いせいなのか、あるいは、日本語という言語を通して経験した感情が英語のそれよりもはるかに多いせいで、「幸せ」という原色の感情が心の中に発色しにくくなっているのかもしれない。英語のほうを日本語に近づけるという観点だと、英語でもわりと根暗なテーマ(例えばabyss of the existenceなんかのハイデガー的な話)について話す友人がいないことはないのだが、やはり数は相当限られてしまう。まあまずはもっと英語を読めということなのだろう。読めば読むほど闇は深くなるのだろうが。

 

☆☆☆

 

というわけで35歳になった。ここ数年誕生日にはほとんど感慨がなかったが、例によって今年も何の感慨もない。35歳を自分の中のマイルストーンにしているわけでもないので、ひとつ自分の満年齢が上がったという事実が僕の前にあるだけに過ぎない。このくらいの年代のマイルストーンという意味では、僕はどちらかといえば37歳という年齢に重きを置いている。たぶん以下の記事に影響されているのだと思う。実体験としても、その人の人生が総体としてよいものであったか否かというのがいろいろなところに出てくる(出てきてしまう)のは、37歳前後からではないかと思う。

 

最後通告は37歳 - Chikirinの日記

 

まあとりあえず、僕は僕の人生をひたすらに走るだけである。

 

☆☆☆

 

今年もあと2ヶ月だが、終盤までいろいろと慌しい日々が続きそうである。気合…といいたいところだが、年齢に応じた賢さを持って乗り切っていきたい。Let’s play wisely.