いつかの街へ

娘2人を連れて帰省する。このブログの一年前の記事を見ると、どうやら昨年もこの8月4週に子供連れで帰省していたようだ。とはいえ、去年は長女だけだったのに対して、今年は僕一人で長女・次女をケアしながらの帰省だったので、かなり難易度は上がったような気がする。実際、この文を書きながら、新幹線の中でどんなことがあったか思い出そうとしているのだが、たった3日前のことにもかかわらず、記憶は脳のかなり奥のほうに沈殿している。

 

地元の駅に着くと、大河ドラマ関係の掲示がずいぶん目立つ。どうも当地の今年の目玉は、この大河効果による観光客誘致であるようだ。まあ儲かるのはいいことなのだろうが、だいたいそういう一過性のネタで数字が上がると、売上や経費がリニアでなくなってしまうことが多く、実際には経営上リスクとなってしまうことが多い(出版社のベストセラー倒産と同じ)。当地の行政や経営者には、一過性の外部要因に期待するのではなく、地域経済を底上げするような投資をぜひ積極的に行ってほしいところである。

 

ともあれ、実家に帰る。ここ数年、帰省するたびに思うのは、「ああ、僕はもうこの街に住むこともないし、おそらくは住むことができないだろうな」ということだ。もちろん、生まれ育った街だし、思い出もものすごくたくさんあるので、それなりの愛着は当然あるのだけれど、それらは僕にとってすべて過去に属するものである。事実、数日間当地にいるだけで、当地の受動的な――という表現が適切かどうかはよくわからないのだが――生活スタイルが息苦しくなってきてしまう。だいたい東京にいるときは、週あたり50時間働いて、15時間勉強するというのを大まかな目安にしているのだけれど、地元の街でこういう生活をしていたら、おそらく煙たがられるだけである。

 

とはいえ、僕もそれなりに大人になったからなのか、自分の育った街を多様な視点から見られるようになったなとは思う。昔はまったく興味のなかった史跡や、人口動態、地元企業のPERなどなど、今見るとなかなか興味深いものが多い。大河ドラマフィーバーが終わったあとに、ゆっくりと車で地元めぐりをするのも悪くなさそうである。

 

☆☆☆

 

地元つながりの話。そういえば、本田宗一郎が東京にいたときの家は、僕が今管理しているビジネスのオフィスから徒歩数分のところにあって、こういうのも因果めいたものを感じさせる。この間、たまたまその付近でうなぎをご馳走になる機会があって、「この店に彼もよく来ていたんだよ」と言われて初めて知った話である。

 

そういえばもうずいぶんと長く乗っていないけれど、やはりバイクはホンダが好きだ。ホーネット、スーパーフォア、クラブマンスーパーカブと、特に選んだわけでもないけれど、なぜかこれまでホンダのバイクにしか乗ったことがない。特にホーネットの機械的なキューンというエンジン音を聞くと、都会に出てきたころの暮らしを思い出して、なんとも言えない気持ちになる。もう少し歳を重ねたらトライアンフのボンネビルに乗ってみたいなあと思わなくもないのだが、そういう機会があっても結局はホンダに戻ってしまうような気がする。