初夏の匂い、あるいはZARDについて

あっという間に前のエントリから2週間経ってしまった。仕事量は2週間目にしてすでにパンク状態になっており、すでに午前二時コースの日がちらほら出始めている。このあたりは別に今に始まったことではないので、特にnews valueがあるというわけではないのだけれど。

 

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そんなわけで連休にある程度休まったであろう心身もだんだん疲れてきている中で何を慰めにしているかというと、最近ZARDをよく聴いている。ZARDかよ(笑)と言われたら、もう何の反論の余地もないのだが、it is what it isである。これまでいろんな音楽を聴いてきたけれど、なんというか、3週半くらい回って、結局自分が中高生の頃に聴いていたポップスに回帰している感がある。この時期のビーイングは商業主義の権化みたいな扱いを受けていて(事実そうだと思うのだが)、ロキノン派の人々からはほぼ黙殺されているような状態だったし、僕自身微妙な嫌悪感みたいなものがないわけではないのだが、「売れるもの」を作っていただけあって、残された楽曲の質は高く、今でも聴くに堪えるものが多い。これは90年代のポップス全体に言えることかもしれないけれども。

 

そんな中で、なんでZARDかというとこれはやはり坂井泉水氏が魅力的なのである。とかいうと、お前はやっぱり顔しか見てないとかいう声が聞こえてきそうだ。彼女がとびきりの別嬪さんというのはおそらく衆目の一致するところだと思うけれど、それ以上に魅力的なのが、「聴くポカリスエット」とか言われる彼女の声である。彼女の声を聴いていると、この真冬の東京の決して広くない作業室でも、確かに初夏の香りを感じることができる。アンドレア・コアーにもちょっと近いものを感じるけれども(また顔しか見ていないと言われそう)、ZARDの初夏は自分自身が積み重ねてきた初夏の光景とよりまっすぐに結びついている。

 

素敵な曲はたくさんあるけれども、個人的に好きなのは『心を開いて』だ。ちょっと好きだというのをためらってしまうくらい何のひねりもないポップスなのだが、その汚れのなさが――演出されたものだとしても――40前の疲れた労働者の心に染みるのかもしれない。彼女は言う――「どんなときもときもあなたの胸に迷わず飛び込んでゆくわ」、と。「この活動ではどうやって成功を測りますか?」とか、「そもそもの目標設定がおかしいのでは?」なんて言ったりはしないのである。今の世の中でこういった女性観こそ素敵とか言っていると、フェミニストから血祭りに上げられそうな気がするけれど、そうした「無条件の愛」みたいなものに惹かれるのは、もう仕方ないのではという気がする。

 

ちなみに、『心を開いて』のMVのロケは南仏で行われたようで、映像を見ると、昔僕が住んでいたエリアがちらちらと映っており、二重のノスタルジーを感じることができる――これはあくまで個人的なものだけれど。彼女もシャガール美術館に行ったのかな、なんて想像するのもなかなか楽しい。ちなみに、坂井氏は秦野市の出身とのことで、車で鶴巻温泉のあたりを通るときも、僕はよく彼女のことを思い出す。我ながらなんかストーカーみたいである。もっとも、三浦に行くと松本秀人氏のことを思い出すし、シアトルに行くとジミヘンのことを思い出すので、これは別に彼女に限ったものではないと思う。

 

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明日から仕事なので、そろそろ発音練習をして寝ることにする。最近はどこに行くにもマスクを着けているので、街中でも密かに発音練習ができて、「悪くないな」と思っている。