22 :30過ぎと、普段記事の執筆にとりかかる時間よりは多少早い時間だ。多少なりとも家事の順番に気を配ったのと、梅雨入りに伴う雨によって外出する気が削がれたことで、夕食の時間を多少早められたのが功を奏したのだろう。しかしながら、ある現象や状態について記述すると、それについての分析や原因を次に書いてしまう(書きたくなってしまう)のは、もう一種の職業病ではないかという気がする。「仕事で分析を繰り返しているうちに、頭の使いかたが固定されてしまいました」とか言ったら労災が下りたりするのだろうか。おそらくは頭のおかしい人間として一笑に付されるのが関の山だろう。というわけで、今日も身の回りのとりとめのないことについて、少し書いておこう。
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前回の記事で言及するのを忘れてしまったのだが、5月には僕が勤めている会社のオフィスの移転があった。目黒から某大手デベロッパーが展開する港区のビルへの移転である。僕はかねて、都会でありながら絶妙なバランスで下町の雰囲気を残している目黒という街の一ファンであり、そこまでの徒歩の道のりを日常の一部としてきた。それだけに、移転にあたり感情面での寂しさのようなものはもちろんあったけれども、日常のリズムをはじめとした身体面へ影響のほうが強く感じられたのは、おそらく徒歩通勤という特権を手放さなければならなくなったという実際的な理由によるものだろう。
というわけで新しいビルでの勤務を開始して3週間ほどになる。幸いにして電車通勤にはすぐに慣れることができたのだが、ランチの選択肢があまりにも貧弱なことにはいまだに閉口している。いや、別にしかるべきレストランがないわけではない。問題はどこもかしこも12時近くになるとそれらの前には列ができ上がっていて、それでいて底値が1,300円を下回ることがないという無慈悲な現実である。先日代替案として、ちょっとした弁当を近くで買い求めようとしたら、3,000円という文字が飛び込んできて、なんとも救いのなさを感じてしまった。ジェントリフィケーションの象徴でもあるようなこのビルの従業員でありながら、それに伴う現象の被害者でもあるというのは、なんともおかしなものである。最新鋭のインテリジェントビルで働いていたとしても、資本という巨大なシステムの中では、結局どこまで行っても自分は一労働者でしかないのだろう。残念ながら、この日常的なランチ難民リスクについては、未だに実行可能性の高い解決策を見いだせていない。まあ本当に困ったら家からお弁当を持ってくればいいので、しょせん都会住みの戯言と言われても反論はできないのだけれど。
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異動の話。先週若干のゴタゴタがあり、一時この話そのものの土台が揺らぎかけたものの、マネージャと対応策について合意し、なんとか事なきを得た。おそらく今週には具体的なプロセスを進めることになるだろう。おそらくは上記のランチ問題に関する一番現実的な対策は、この異動にともなって早くリロケーションをしてしまうことなのだろうな。まあ行った先が今より充実しているとは限らないというのが世の常なのだが。