ささみとむね肉の日々

もう日曜の夜になってしまった。特にここ2週間で人生の方向性を変えてくれるような出来事があったわけではないのだが、一応ここは僕の人生のログのためのスペースではあるので、いつものように身の回りのことを淡々と記録していく。

 

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約1か月かけて読了したルソー研究書の感想めいたものをAmazonレビューに登録したところ、著者がtwitterで「(レビューに)感動した」と投稿していた。元々、「もしかしたら反応があるかもなあ」と思ってはいたのだが、予想以上に反応がよく驚いてしまった。本人もまさかかなりマニアックな部類に属する研究書を、一介の会社員が精読しているなどとは思ってもいなかったのだろう。しかしながら、こちらからは向こうのつぶやきが見えるのに、向こうからは匿名のレビューしか見えないというのは、現代ゆえのパノプティコン的状況であり、奇妙なものを感じずにはいられないものがある。考えようによっては、これも一種のストーカー行為と呼べなくもない。

 

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来年のプランニングが佳境に入ってきた。この会社、というか僕が属するチームの特徴ではあるのだが、年間計画作成という稲刈りのような恒例行事にもかかわらず、11月以降のマイルストーンが断片的にしか見えておらず、どんな落とし穴や朝令暮改があるのかさっぱりわからない。3年をこの組織で過ごすうちに、そうした曖昧さや無茶ぶりに慣れてしまった部分もあるのだが、昨年のようなほぼ徹夜でのドキュメント書きはいろいろな意味で遠慮したいところである。特にオチのない話ではあるのだが。

 

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なぜかまたダイエット熱が復活してきている。これは40歳の誕生日までにもう少しきれいに腹筋を割っておきたいという、個人的な目標のためである。これまではどちらかというと糖質カット型のアプローチをいろいろ行ってきたのだが、今回は脂質を抑えるという手法を試している。どちらも一長一短なのだが、通常のオフィス勤務だとおそらく後者のほうが難易度は高く、それだけに自宅勤務のメリットが活かしやすい部分ではある。普通に3食食べるだけで(特に外食の場合)、どうしても脂質50gくらいは摂取してしまうものだからだ。というわけで、僕の最近の食事はかなり鶏むね肉とささみに偏っており、おかげで体脂肪よりも早くエンゲル係数がめざましく低下している。ともあれ、個人的な楽しみがトレーニングメニューの開発とプロテイン選びというのは、なんというか根暗もいいところだなと思ってしまう。別に誰かに迷惑をかけているわけではないのだが。

 

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結局今週もほとんど独り言で終わってしまった。今週から一気に寒くなりそうだ。濃いめにコーヒーを淹れてブラームスを聴こう。

Decade in Review - 30代を振り返る

前回予告したとおり、30代の終わりまでもうカウントダウンに入っているということで、自分なりにこの10年の振り返りをまとめてみたい。このブログに書かれていることは、原則として僕の個人的な関心に基づいたものだが、今回はとりわけその要素が強く、公共性やら公益性なんてものはほとんど考慮されていない。一方で、もしこのブログの読者の中に、僕よりも少し若い年代の人や、これから30代を迎えるという人がいれば、ここから何らかの教訓を引き出すことができるかもしれない。

 

1. ON

うまくいったこと
  • 収入が増加した
    • 起きている時間のだいたい7-8割は給与所得者として生活しているので、まずはこの点を挙げないわけにはわけにはいかない。年収は、30歳のころから比較して概ね3倍強に上がった。世間における平均の上昇幅がどの程度かは不明だが、会社勤めとしてはそれなりに成功している部類に入るのではないか。ドライバは、タイミングよくレイヤーの高いポジションに転職して、どのポジションでもそれなりに成果を挙げられたこと。トップスクールの一角でMBAを取得したことも間接的に寄与していると思う。
  • マネージャ経験を積めた
    • 前職と現職で、約4年弱の管理職経験を積むことができた。外資系の企画部門は人数が少ないことも多く、いきおい正式なラインマネージャとしての経験を積むチャンスが得られにくいことを考えると、こちらもハイライトと言えるのではないかと思う。これは、そういったポジションがマーケットで空いたときに、タイミングよく手を挙げられたことがよかったのではないかと思う。
  • 業界内でのネットワークが構築できた
    • あくまで給与所得者の間が中心ではあるのだが、テクノロジ業界を中心に、一定の成功を収めている人々――つまりマーケットの中で一定の能力と評判を勝ち得ている人々――と知己を得ることができた。これは業界のリーディング企業に続けて勤務したことと、僕の仕事がリーダーシップへのサービスを中心としたものであったことが大きい。
うまくいかなかったこと
  • 焼き畑農業的な仕事を続けてしまった
    • 業務時間のほとんどは目の前の仕事に追われていたことから、創造的な仕事や5~10年というスパンでものを考えるということができなかった。自分の能力開発計画やチームの育成プランなども、どちらかといえば「やっつけ仕事」になってしまっていたように思う。もっとやっておきたかったのは、今の仕事をスケールさせる方法を考えたり、10年後のトレンドを読んでそこから現在の投資領域を逆算したりするような作業だ。こういう点は短期的な影響は出にくいのだが、ちょうどここ20年の日本がそうであったように、競争力を徐々に蝕んでいくため、なるべくこのエリアに使用できる時間を増やしていきたい。
  • 海外にいけなかった
    • 30代の初めころは、「向こう10年を日本の外で過ごそう」と思っていたにもかかわらず、結果的には出張ベースの繰り返しという中途半端なものになってしまった。これは、32歳のときにMBAのアプライ先をフルタイム→パートタイムに変更したことと、いざ行こうと思った去年にCOVIDが蔓延してしまったことが理由である。40代で行くつもりではあるのだが、その場合、持ち家と子どもの教育という現実的な課題について真剣に考えざるを得ないため、フットワークの軽さという点においてはどうしても10年前に比べると劣後してしまっている感が否めない。
  • スキル開発が遅れた
    • これは主にコンピュータ言語に関する部分が大きい。例えば、Pythonはもう少し早い段階で身に着けておきたかったし、SQLも未だ初心者に毛が生えたようなものである。良くも悪くも、社内に優秀なエンジニアが多く、このエリアは自分で手を動かすよりも、彼ら・彼女らに仕事を頼むほうが早いので、その分自分の能力開発が遅れてしまったように思う。また、英語も自分の期待値ほどまでには上達せず(いつになったら映画をノーストレスで見られるのか、、、)、フランス語は勉強時間の少なさからずいぶん能力が後退してしまった。経営理論や会計の最新トピックスのキャッチアップにもあまり時間が割けていない。

2. OFF

うまくいったこと
  • 第二子が生まれた
    • 一定期間の不妊治療期間の末、第二子に恵まれた。専門外来に、タッパー(?)に入れた自分の精子を自転車で運んだときは複雑な思いがしたものだが、幸いにも結果に結びついたことは僥倖であった。ちなみに今でも思い出すのだが、当該専門外来では、精子を外から持ち込む以外に「現場生産」というオプションもあるようで、その場合はしかるべきマテリアルが医院内で貸与されるとのことであったのだが、それがどういったものであったのかは個人的に見ておきたかった。閑話休題、次女は問題なくすくすくと育っており、長女とともに僕の人生に鮮やかな彩りをもたらし続けてくれている。
  • 自宅を購入した
    • 東京でも屈指の利便性の高い地域に居を構えることができた。これにより、通勤にかかるストレスはほぼゼロになり、より業務に集中することができるようになった。購入時より地価は値上がりしているし、住宅ローン完済の目途も立ったので、住宅購入に伴う資産・キャッシュの管理も概ね成功しているのではないかと思う。
  • 投資である程度利益が出るようになった
    • 2010年代の官製株高を利用し、毎年投資でコンスタントに利益を出せるようになった。20代はそんな世界があることすら知らなかったことを考えると、少なくとも自分の中では大きな変化である。一方で、個人的にはもっとできた領域でもあったと考えており、特に昨年3月の暴落時にもっとアグレッシブに買い向かっておけば、おそらく手持ち資産は2~3千万ほどは違っていたのではないかと思う。この領域はまだ学ぶべきことが多いため、継続的に時間を投資していく必要があると考えている。
うまくいかなかったこと
  • 子どもの学習をあまり見てあげられなかった
    • 忙しかったと言えばそれまでなのだが、自分の理想とするほどには、長女の学習サポートに時間を割くことができなかった。そのためか、4か月後に迫った中学受験には未だ不透明感満載の状態である(幸い、学校での学習・成績は問題ないものの)。もちろん学習に集中する時期は人によって違いがあるので、あまり焦りすぎるのはよくないと思うのだが、低空飛行の偏差値を見ると、それなりに気が滅入るのも事実である。あと残された時間でどこまで準備できるだろうか。最終的にどこの学校に行くかももちろん重要だが、少しでも努力による成功体験を積ませてあげたいところである。
  • 生活が非文化的になった
    • ゲゼルシャフトにおける継続的な労働、そして子育ての宿命的な帰結として、自分の中に占める文化的活動の割合は大幅に低下した。これは日常のレベルで言えば、学術書を読む時間や楽器を練習・演奏する時間、より開かれた文脈で言えば、美術館やコンサートに行ったりする時間のことを意味しているが、この10年はそのどちらにもほとんど時間を割くことができなかった。このためか、超越的なものや過度な左派寄りの言説を自分には縁遠いものとして遠ざけてしまう――あるいはそもそも視界に入らない――ことが自然と多くなっていった。今は失われた時間の隙間をspotifyが埋めてくれているものの、それはすでに神話的な意味や「なにかよくわからないけれどきっと素晴らしいであろうもの」を僕に提供するものではない。
  • 友人と会う機会が減少した
    • これは僕に限った話ではないのだろうが、20代の頃に比べると友人に会う機会は激減した。ほとんどの友人が結婚して家庭を持っていること、日常で顔を合わせる機会が少なくなっていることを考えると、おそらくこれは自然な現象なのではないかと思う。自己啓発系の本には、「それはあなたが成長している証拠」なんていう記載も見られるけれども、そこに言いようのない寂しさを感じてしまうのもまた事実である。厳密に言えは、僕たちはまだ愚かだ。けれども、それはかつて僕たちがそうであったような特権的な愚かさではない。ピーターパンを信じられる時間はすでに終わってしまったのだ。そして、その扉は僕の人生において二度と開くことはない。
  • 失恋の傷がいえきらなかった
    • いつか東京タワーで受けた、あの精神的な傷はまだ癒えきっていない。日常的に痛むことはずいぶんと少なくなったものの、すでにそれは僕の人生における通奏低音のように未だ密やかに鳴り響いている。このことによる個人的な活動へのマイナスインパクトは甚大であり、失われてしまったエネルギーで例えばCFAくらいは取得できたのではないかという気がする。バッジョはあの輝かしいキャリアを「一本半の足で戦った」と述懐しているが、僕も30代の自分の人生を思い返すと似たような感慨を覚える(バッジョと自分を比べるのは、あまりに月とスッポンというのは措いておくとして)。その多くの作品において喪失をテーマとして扱った、フィッツジェラルドの諸作品に親近感を覚えるようになったことは、唯一ポジティブな点であったと言えるかもしれない。

3. 上記を総括して

全体としては、極めて教科書的な30代の10年であり、その意味では「いろいろありつつもそれなりうまくやった」というのが、自分なりの結論となる。一方で、「目の前の仕事」に過度にリソースを割いてしまい、それがOn/Off双方での機会損失につながってしまったという点は反省であり、この点をどう改善していくかは40代での大きな課題となるだろう。具体的にどの領域に対して、どういった方法で、どの程度のリソースを投下していくかについては、年末にかけて徐々に考えを固めていきたい。無論、その考えは固定されたものではなく、On/Off双方の状況を参照しつつ、適宜ピボットをしていく必要がある。

 

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本日新内閣が発足したけれども、戦略の具体性のなさに早くもやや落胆モードになっている。しばらくは個人投資家には辛い時期が続くかもしれない。月末に衆院選とのことだけれど、けっこう真剣に入れるところがなくて困ってしまう。海外トランスファーの制限が緩和されたら、すぐにそちらに舵を切るほうがいいのかもしれない。

Gloomy Weekend

土曜日だというのにまた仕事をしている。週明けの火曜が最終レビューなのだが、ここまで作りこんできた資料に、金曜夜に50件ほどのフィードバック・修正依頼が入ったために、正直途方に暮れているところである。おそらくは明日もほぼ一日作業になるだろう。なんとも気の滅入る状態ではあるが、Spotifyからひたすら流れ続ける音楽はこんな日も僕に優しい。例えば、All the things you are古今東西の名演をあれこれひたすら流し続けるなんてことが1クリックでできるというのは、四六時中音楽を必要としている僕にとって夢のような話である。

 

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秋の気配が感じられてきたからだろうか、またフィッツジェラルドを読み始めている。昨晩は『冬の夢』を初めて読んだのだが(自分としても意外である)、主人公と自分を重ねて泣きそうになってしまった。現代の小説よりも、100年前の物語のほうがずっと迫ってくるものがあるというのは、本当に不思議なものである。おそらく、僕自身があの不幸なギャツビーが信じた、いや、生きるために信じるしかなかった「緑の灯火」を追い続けているからなのだろう。考えてみれば、ジャン=ジャック・ルソーも晩年、同じように無為ともいえる努力をしていた。では、彼らがそこに費やした膨大なエネルギーと思いは、どこに行ってしまったのだろう?現代人の目から彼らをドライに見ると、「ROIの低いことにリソースをかけても無駄」ということになるのだろうが、そうした部分を合理的に割り切れない愚かさにこそ惹かれてしまうのもまた人間だろうし、だからこそ優れた作品が生み出されてきたのだろう。では僕は信仰にも似たその思いを何に昇華すべきなのだろうか?

 

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[ここから日曜分。昨晩もう少し書こうと思ったのだが、どうも乗り切れなかった。]先週の大阪での幼児虐待死のニュースは本当に目を覆いたくなるようなものだった。亡くなった子にご冥福を、加害者には厳罰を、などという紋切型の反応で片付けられるようなものではない。自らで自らを救う手段を持たない子どもに対する暴力を、エコノミーの言葉で整理するのはそれ自体が暴力の一種である。ソンタグRegarding the Pain of Othersの中でそんなことを言っていたような気がする。いずれにせよ、僕がどういったことを考えようと、またどんな言葉を重ねようとも、ひとつの小さな命が理不尽に奪われてしまったという事実は不可逆である。おそらく僕ができることは三つだ――祈ること、自分の子どもを守ること、あまねく子どもたちが守られる社会制度に思いを馳せること。最後のはもう少し具体的なアクションプランに落とせるとよいのだが。

 

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30代もあと1か月と少しで終わってしまうので、次回あたりでこの10年を振り返る記事を書いてみたい。公私ともに大変な10年だったけれども、さすがにその一言で済ませるのはあまりにも乱暴だし、自分の中で一種の儀式として整理をしておきたいからだ。

メメント・モリ

相変わらず動きのない日々である。相変わらず仕事ではバタバタとしつつも、プライベートはハリがあるのかないのかよくわからない日々を送っている。というわけで、今夜も思いついたことを簡単に書き留めておく。ここ最近は日曜の夜に一週間を振り返ってこのスペースのささやかなブログ記事にまとめるというのがちょっとしたルーティンになっている。

 

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前々職のグローバルのトップNo. 2であった方の訃報が飛び込んでくる。数回しか会ったことはないし、直接話したのは確か新宿のホテルでディナーをした一回きりだったけれど、少ないながらも直接関わりのあった方だったので、少なからずショックを覚えた。Linkedinでは、多くの元同僚がその死を悼む記事を投稿しており、彼が与えた影響の大きさを改めて思い知らされた(レビューではほとんど鬼のようだったが…)。日本人からすれば、ほとんど桁外れの金持ちだし(確か自宅にゴルフ場があると聞いたことがある)、社会的ステイタスでいっても相当に高いところにいた人ではあるけれど、死は残酷なまでにどこまでも平等である。僕は僕で、そんなに人生に長い時間が残されているわけではないのだ。死を適切に想うこと――つまりはそれが生きることなのではないか、そんなことを思った。

 

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目黒にあるブタのいるカフェに行く。もちろん僕が希望したわけではなく、娘の接待の一環である。ここでは8匹くらいのマイクロブタのいるスペースでお茶ができるということをコンセプトにした空間なのだが、なぜかこのブタたちに僕は妙にモテた。僕のほうは、膝に5匹くらいがまとめて乗ってきて、ひたすらブヒブヒ言っているということが数回あったに対して、妻・娘に対してはほとんど平常運転であった。確かに可愛いことは可愛いのだが、言葉の通じない生物が自分の上でまとめて鎮座しているという光景は、何とも言い難い不安を感じさせるものがある。僕は都会の中で、そしてロゴスの中で生活しているのだ、と思った。

 

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週末にもろもろサブスクリプションを整理して、使用頻度の低いサービスを解約するとともに、Spotifyの有料プランに申し込んだ。少なくとも週5日は家で音楽を聴きながら仕事していること、youtubeの広告にフラストレーションが溜まりまくっていたことを考えると、もっと早く契約してもよかったなという気がする。いろいろな音楽を漁りながら改めて思ったのは2010年~2018年あたりの流行曲がほとんど頭に入っていないということである。これは、二人の娘の子育てをしていた期間とビジネススクールに行っていた期間にほぼ完全に一致している。代わりに、その間のプリキュアの曲はほぼすべて歌うことができる。大人になるというのはそういう側面もあるのだな、と思う。一方で、その空白期間の音楽を改めて楽しむことができるというのは、僕にとって密やかな、そして大きな喜びである。

Customer Obsessionと分断の風景

副作用は思ったほどのものではなく、翌日に38℃を超える発熱があったあとは、ほぼいつもどおりの状態に戻っていた。考えようによっては、滅多にない「一日何もせずに寝ていられる日」を神様と家族からもらった日とさえ呼べるかもしれない。これだけ寝ていたせいか、大人数の男女で映画館に行って、なぜか広末涼子から「これが終わったら二人でどこか行こう」と誘われるというスイートな夢を見た。が、夢の中で彼女は待ち合わせ場所に現れず、妻から足の裏をポンポンと叩かれたところで目が覚める。なんだか『闇の雨』みたいな話である。まあ熱にうなされつつもそんな夢を見ていたのだから、実際にはけっこう元気だったのではないかという気がする。

 

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21世紀に入ってからの世界のビジネスが、アメリカ西海岸のTech Giantsを中心に展開してきたというのは、おそらく衆目の一致するところだろう。細かいことは措いておくとして、これらの企業群が戦略として行ってきたことのひとつは、データに基づくサービスの最適化、要するにパーソナライゼーションである。例えば、Google検索では検索者の好みや過去の検索履歴にしたがって、コンテンツの検索順位が変化するというアレである。また、Amazonでは同種の仕組みがCustomer Obsessionという社訓によって強化され、また奨励されてきた。倫理的な側面での是非は措いておくとして、現在におけるこれらの企業群の反映を鑑みると、それらの戦略が成長を牽引する上で効果的であったことは否定できない。

 

一方で、これらのパーソナライゼーションは、インターネットという空間に自分の声を強く反響させるという副作用を生み出した。いわゆるエコーチェンバー現象である。Googleがサジェストするページは、「過去における自分」が重要であると判断した情報であり、Facebookのフィードは、自分と近しい意見を持つもののポストで埋め尽くされる。こうして、インターネットという広大なスペースは、好みや信条によるクラスタに分類され、他者の存在を不可視のものとしていった。リアルな世界であれば必然的に入ってくるであろうノイズや不純物は遮断され、結果として、それはいくつものセクト排除の論理を生んでいった。例えば、俗にネット右翼と呼ばれる集団は、おそらくインターネットなくしては存在しなかったものだろう。

 

こんなことを考えると、Tech Giantsによるパーソナライゼーションは、その成長の代償として、世界における分断を必要としたのではないかという気がしてくる。ちなみに、僕がLinkedin以外のSNSをほとんど使わないのは、そうした地場から極力自由でいたいという個人的な考えによるものである。

 

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ビジネススクール時代の同級生(この前の人とは別)が、某関西のトップ大学で研究をしながら起業を目指すとのこと。任期付きのポジションではあるようだけれど、某トップコンサルのマネージャ職で活躍中と聞いていたので、これまたびっくりしてしまった。大学院での先行が実学だと、こういう道もあるのだなと羨ましく思う。僕もどこかで「シンギュラリティ時代の到来に伴う倫理的課題研究」とかで雇ってもらえないだろうかとか思うのだが、実現可能性は不明である。しかしながら、MBAを取ってしまったがゆえのピアプレッシャーが強くてちょっと困ってしまう。まあなるようにしかならないのだろうが。

Kinda blue

もう25時なのだが、明日2回目のワクチン接種をしたら、おそらくグロッキーになってしまうと思われるので、簡単に思うところを書いておきたい。今日は申し訳程度のアップデートということを事前に断っておく。

 

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3日間のリーダーシップ研修に参加中である。もちろん面白い話やためになるものもあるのだが、今回改めて実感したのは、僕は座学の類が根本的に苦手であるということである。30分くらい人の話を聞いているともう実務に戻りたくなってくる。それがどんなに面白い話しであっても、だ。そういう意味では、高等教育は能動的な取り組みというか、アクティヴに対象に対して向かっていくことが求められる点において、僕には相性がよかったのだろうなと思う。明日も3時間の座学の予定。余談ながら、この研修の裏で、僕が勤める会社のシステムで大きな障害があり、サポート部隊を中心にてんやわんやの騒ぎになっていた。

 

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最近とみに思うのは、子育てという人生の中での一大プロジェクトに、僕はそこまでのめりこむことができなかったな、という諦観のようなものである。もちろん子供たちはかわいい。それでも、例えば子どもの教育や受験を完全に「自分ごと」として捉えるような親には、時間的な意味でも、性格的な意味でもなれなかったように思う。これは僕から親としての資質のようなものが欠如しているということなのだろうか。これから中学受験の天王山を迎えるので、自分なりに最大限のサポートはするつもりだけれども、どこかで「子どもの人生は彼女のものなのだから、最終的には彼女に任せる、任せたい」と思っている自分がいる。なかなか彼女の成績が上向かないのは、僕のコミットメントが欠けているためなのだろうか。

 

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急に寒くなったせいか、それとも雨続きのせいなのか、どうにも気分が上向かずに困る。まあそういう時期なのだろう。こういうときは体を休めて爪をとぐことにする。もうすぐやってくる年末の喧騒に備えて。

夏休み

月曜日から24時を過ぎてしまいげんなりとしているのだが、ここ2週間ほどのログを記録しておく。これ以上時間が過ぎてしまうと、せっかくの夏休みの記憶が頭の奥のほうに沈殿してしまいそうだからである。もう40になろうとしているけれども、「夏休み」という言葉が持つノスタルジーと幻想は、子どもの頃からちっとも変っていない。

 

☆☆☆

 

家族を連れて草津を訪れる。関東にだいたい20年くらいも住んでいるというのに、一度も訪れていなかったことに気づき、若干の高揚感とともに予定を立てたのだが、旅行中はずっとあいにくの雨であった。とはいえ、西日本で発生した水害のことを考えれば、僕らはまだ僥倖であったといえるかもしれない。いずれにせよ、悪天候のために子供たちを外で遊ばせてやることもできなかったため、早々に宿に入って、部屋でのんびりと過ごす。僕はほとんどの時間ルソーを読んでいた。1日目・2日目ともに似たような流れだったのだが、毎日深夜まで働いているせいか、夜になってもなかなか寝付けなかったのには閉口した。慣れない山道の運転が続いたためだろう、東京に戻ったらぐったりと疲れていた。

 

☆☆☆

 

久しぶりに広島の友人と話す。何年か前に話していたときと比べると、彼は当地での仕事や生活を、それそのものとして楽しんでいるように見えた。もちろんそこに至るまでには、それなりの葛藤や悩みがあったのだろうが、40という年齢でそんなふうに人生を楽しんでいられるというのは、僕から見てもとても幸せなことだと思う。彼がそのために支払っているコストと責任に思いを馳せる――その多くは僕の肩にも同じように乗っているものだ。彼からは東浩紀『ゲンロン戦記』を読むように勧められる。オリンピック、校則、自民党Python、40代のTODOと話題は移り、1時間程度で終了。今度直接会えるのはいつになるのだろうか。

 

☆☆☆

 

高校時代の友人と登山で長野県は駒ヶ根市を訪れる。が、当地に着いたらなんとロープウェイが動いておらず、急遽通常の観光に切り替えることに。普段30分刻みのスケジュールで動いているので、急に半日ものフリータイムができてしまうと若干戸惑ってしまうのだが、それはそれで贅沢と呼べなくもない。夜は修学旅行のノリで、酒を片手にひたすら昔の女の話をする。我ながらどうしようもないことこの上ないのだが、たぶん僕はこの先も一生同じようなことをやっているのではないか。翌日は養命酒の工場に寄る。ここは印象派の絵の題材になりそうな美しい場所であった。僕がまだ22歳くらいで、こういうところで好きな女の子とデートできたら最高だっただろうなと思った。山に登れなかったというのもあるのだが、今回はこの養命酒の工場が一番印象的だったかもしれない。

 

☆☆☆

 

最後の日曜日は、我が家の姫のリクエストに応え、秋葉原ドラクエカフェに行く。例によって、味は並み以下である一方で、価格は大幅にインフレしていてげんなりしたけれども、店内で”Love Song探して”が流れたときにはちょっとホロリときてしまった。この曲を聴くと決まってパスワードを間違える幼少時の記憶が蘇ってくるのだが、僕は僕で、人生の「ぼうけんのしょ」をいくつかリロードできないままに残してきてしまったような気がする。ともあれ、子どもたちはドラクエグッズに囲まれてうれしそうだった。帰り道では、コスプレ姿の少女たちが、明らかに自身の性を商品としてメインストリートに佇んでいた。そして、彼女たちをまじまじと見つめるテストステロンの値が明らかに低そうな男たち。ここもまた世界の果てなのだ、と思った。

 

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以上で今年の夏休みは終了。ほとんど勉強ができなかったことは反省材料である。それでも人生は続く。