コロ助襲来

周りもけっこうかかった人が多いので、今さら驚くようなことでもないのだが、ついに我が家にもコロナがやってきた。先週の月曜に娘が陽性であることがわかってから、火曜には僕も発熱。久しぶりに38.7℃の高熱になった(続いて妻、長女も発熱)。とはいえ、年末の繁忙期かつ重めの成果物が2つある週なので、仕事を休もうにも休めない。僕の行っている仕事は相当に属人的なものであるため、この部分は誰かに頼む、、、とかいう運用は原則としてできないのである。というわけで、はんてんをを着て冷えピタを貼り、ボーっとする頭で黙々と仕事をする。こんなことやってるのたぶん日本人だけではないか。結果的には、どちらの成果物もなかなか悪くない評価をいただけたので、まあよかったのだが。

 

というわけで療養しながらの仕事という変わった一週間を過ごしたのだが、体が弱っていたからなのか、やはり食の好みや精神面では少なくない変化があった。まず食の面では、ひたすらに純和食ーーというか梅干し・納豆・ごま昆布を食べ続けていた。あとは出汁を濃い目にとった味噌汁。正直他のものは食べたいという気になれなかったのである。どうも昔からそうなのだが、体が弱ると日本人の遺伝子のようなものが一気に強くなるようで、好みが非常にナショナリスティックになる傾向がある。一方、感性面では、ひどく涙もろくなった。『鬼滅の刃』の最終巻を手にとってはホロリとくるし、娘を膝に乗せて観た『ドラえもん』ではあろうことか号泣してしまう。精神的に若干弱り気味だったのと、療養で家族いっしょにずっと過ごしていたのがきっと影響したのだろう。ちなみに、やはりこういうときあまり頭を使うものは読めず、ラディゲを読んだら頭がクラクラした。

 

ともあれ、そんな生活を4、5日と続けてだいたい体調は8割程度まで戻ったので、そろそそろ仏語の勉強や筋トレを再開しようと思っている。

 

まとめると、在宅時間・睡眠時間が多少多かった以外はまあ普通に生活ができていたので、「まあこんなものか」という感じのコロナ療養であった。もう一度やりたいかと訊かれたら間違いなくNoなのだが、少なくともなんらかの社会勉強にはなったのではという気がする。

大阪・京都 秋の陣

11月頭の慌ただしい一週間が終わり、今年もクリスマスまであと7週間を残すのみとなった。それなりに動きの多い週だったこともあるので、備忘も兼ねて、あったことを簡単に振り返っておく。

 

☆☆☆

 

久しぶりに大阪に行く。というとなんだかそれなりの高揚感があってもよさそうなものだが、実際にはひたすら会議の資料作りに追われ、行きの新幹線の中から当地での滞在中に至るまで、ずっとヒイヒイ言いっぱなしの3日間であった。週末返上でオフィスにてスライドを50枚くらい作ったにもかかわらず、このザマである。当地でも前日25時までかかってなんとか間に合わせるという感じで、本番が始まる前にすでにHP一桁のような状態であった(しかもそこから深夜にカツ丼を食べに行くという無茶ぶりつき)。堂島浜のホテルが素敵であったことはささやかな慰めだったけれども、二晩とも帰りは24時過ぎだったため、僕が実際に得ることのできた付加価値は「快適に寝る」という一点のみであった。まあだいたいそんなものである。

 

とはいいつつも、リーダーシップの末席で、社長の発表というか、彼の心の声を聴くことができたのはとてもよかった。考えてみればこの人をサポートすることが自分の仕事の中心になって4年になるけれども、そういう個人的な思いを聴いたのは初めてだったなと思った。”leadership is a choice” - 彼はそう言った。おそらくはどのリーダーも、きわめて個人的な経験から、そういうスタイルを決めていくのだろう――もちろん僕も例外ではなく。体はボロボロだったけれども、そういう彼の言葉を生で聴けただけでも来た価値があったなと思った。

 

3日間の予定終了後は、京橋に寄って友人の墓参りをする。コロナで身動きがとれない期間があったとはいえ、前に来たのは6年前だという事実に今更ながら驚いてしまった。時の流れは本当に早い。駅の周りは再開発がずいぶん進んでいて、前に来たときの面影がすっかりなくなってしまっていた。

 

☆☆☆

 

大阪から東京に戻り、家族とともにささやかに自分の誕生日を祝った後、1日のオフィス勤務を経て今度は京都に向かう。今回は仕事ではなく個人的な試験のためである。前日に京都入りした上で、しっかりと6時間の睡眠をとって臨んだのだが、時間配分にやや手こずり、リスニングもリーディングも2、3問未回答になってしまった。加えて、作文も終了直前で規定文字数に届いていないことが判明し、流れに無関係な文を無理やり1行入れるという荒業を行ってしまう。一方でスピーキングはなかなか悪くない出来であった(と思う)。口述試験のあと、試験管が「そういえばあなたは仕事は何をしてるんですか?」と訊いてきたので、「(僕の勤めている会社名)で経営企画・管理の仕事をしてます」といったら苦笑いしていた。かの六角形の国では、僕の勤めている会社はあまり評判がよくないようである(知ってた)。まあ正直若干の不完全燃焼感はあるものの、このムチャクチャなスケジュールの中でそれなりによくやったと思う。

 

ちなみに筆記試験の後、スピーキングまでは1時間強の時間があったため、昼食は久しぶりに進々堂に行ってみることにした。かの店に前に足を運んだのはおそらく16、7年前になる。店の横にはエニタイム・フィットネスができており、時の流れを感じさせた。店で出てきたカレーはやや薄味だったけれど、もしかしたら京風だったのかもしれない。

 

試験終了後は、鴨川沿いを歩いて、出町柳の駅の反対側にある下鴨神社に向かう。試験が終わった解放感からか、過去へのノスタルジーか、自然とジュディマリの”KYOTO”が口をついて出てきた。「季節が変わる前に、、、」――たぶん僕はあの頃と何も変わっていない、そんなことを思いながら。

 

下鴨神社に着く。河合神社から下鴨神社の表参道に入るところで、ゾクっという感覚が体を駆け抜け、鳥肌が立つ。いつもながら基本的に超自然的なものは信じないのだが、こういうことがあると何かしらそういったものの存在があるかもしれないと思ってしまうのも確かだ。境内の雰囲気は、明らかな社格の高さを感じさせるものであった。大神神社が自然に由来するエネルギーをあるがままに放出している(しまくっている)場所だとすると、ここはより都会的かつ端正な形でそれが表出している場所だ。本殿に参拝を済ませ、ゆっくりと参道を引き返していく。一帯の木々の葉は概ね半分ほど紅くなっており、どこを見ても印象派の絵のような光景であった。

 

帰り道は七条から京都駅までのんびりと歩いた。今年初めて秋らしい日を過ごすことができた気がした。無理もない、都会のビルの中では良くも悪くも季節感というのは極めて希薄なのだ。人でごった返す京都駅でのぞみのシートに座ると、いつの間にか僕は浅い眠りに落ちていた。

 

☆☆☆

 

年末調整の時期ということで、10月末時点での収支計算をしてみたところ、10か月間の手取り収入の半分近くが税金の支払いに使われていることが判明する。道理で現金預金が増えないわけである。確かに昨年はRSUからの給与所得がけっこうなボリュームだったので、仕方ないといえば仕方ないのだけれど、あんまりな話である。さらにここにきて自民党が諸々増税検討とか言っているので、さすがにおいちょっと待てと言いたくなってくる。こういうのが来ると、自分のためだけでなく、子どもたちのことを考えても、日本以外に足場を作っていくというのは必須だなという気がしてしまう。

 

 

※今回は新幹線の中で比較的時間があったのと、動きの多い一週間だったため、いつもよりやや文章が長めである。内容についてはいつもどおりのつれづれといったものではあるけれども。

切なさの暴力

相変わらずバタバタしており――というクリシェがまさにここ10年くらいを総括しているのだが――、1か月近くここに記事を上げられていなかった。というわけで、最近あったことをつらつらと書いておく。

 

☆☆☆

 

会社のトップ、要するにCEOが来日した。それにあたり、彼が日本のお客様の偉い人々と話すための資料づくりを延々と行う。重要な仕事には間違いけれども、雑用としての側面が非常に強いのでモチベ―ションはやや微妙だったのだが、結果的に関係者一同を満足させられるアウトプットができたのは僥倖だった。僕がアウトプットした文章(お客様ごとにワード一枚くらい)をUSのCEO Officeに送ると、どの文書もびっしりと修正が入っていたので、アメリカ人(のエリート)がどういう単語・文を好むかということを学習するという点ではまたとない機会だったと思う。こんなライティングのコースなんかがあったら相当な値段になるだろうし、そもそもCEO向けの文書なんてそうそう触れられるものではないからだ。

 

ちなみに従業員向けの講演で、彼が「成功の秘訣は?」という問いに対して印象的なことを言っていたので、備忘がてらメモしておく。

 

“Being prepared for change; surrounded by good people; make sure you are growing; learn from experience - eventually interesting things will happen.”

 

そういうふうに生きていけるといいなと思った。

 

☆☆☆

 

上記の社長メッセージに影響されたからではないのだが、ちょっとフランス語学習のペースを速め、11月の頭に試験を受けることにした。うまくいくかどうかは正直わからないけれど、期限は早めに設定してしまったほうが物事は早く進みやすいというのは、僕が人生の中で得たひとつの真実ではある。問題は試験会場で、申し込もうと思った9月下旬にはすでに東京・横浜の会場はすべて埋まってしまっており、結局半日ほどの試験を受けに京都まで行くことになった。それに輪をかけて間抜けなのは、当該週の前半には大阪への出張が入っており、1週間に2回も関西まで出向く必要があるということである。まあよい機会なので、試験が終わったら下鴨神社あたりで旅情に浸ってこようと思う。

※追記:この話、よく見たら前回のエントリにも記載があった。

 

☆☆☆

 

この曲を最近始めて知ったのだが、MVの出来が良すぎて辛い。1:50あたりからの、女の子が好きな人にしか見せない顔(たぶん)を見ていると、自分の人生からそういう時間はすでに去ってしまったことを否が応にも痛感させられる。切なさの暴力。エンディングの男の子の顔もいい――僕も同じようにいくつもの痛みを耐えてきた。けれども、このMVに刻まれていることは、おそらく社会的な文脈では20代の特権であり、40代という地点から見るこの景色はただのノスタルジーでしかない。その点で、この映像は二重の痛みを喚起する。過去からの痛み、そして自分がそこにいないという現在の痛みを。

 

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シルバーウィーク

上司が海外出張中のため、珍しくスケジュールに余裕のある週明けであった。台風予報だったこともあって、家にこもるにはまあ最適と言っていい日である。というわけで多少時間もあるので、ここ一週間くらいであったことを簡単にメモしておく。しかしいつも思うのだが、こんなごく簡単かつ個人的なメモでも読んでくれる人がいるというのは本当に不思議なものである。

 

☆☆☆

 

金曜の夜は新卒入社時の友人と会い、『グレート・ギャツビー』に刻まれた男性のセクシュアリティについてワインを飲みながら語る。「あれはアメリカ文学史上の金字塔とか言われているけれども、女の人はああいうのは感覚的に理解できるのかなあ」とか何とか。正直酔っ払っているので、細かいことはあまり気にしていないし、political correctnessへの配慮などは猫の額ほどにもない。まあ金曜の夜にそんなことを必要以上に気にするというのは野暮というものだろう。そんな感じでほろ酔い加減で自宅に戻り、そこからまた仕事を始める。判断力は鈍っているはずなのだが、なぜかいつもより速いスピードで議事録を仕上げることができた。どうでもいいのだが。

 

☆☆☆

 

日曜は娘の学校の文化祭に行く。学校の女の子たちは皆初々しくて可愛らしく、また娘の絵はなかなか悪くない出来栄えであったが、特にそれ以上の感慨は浮かばなかった。COVIDの世界になってしまってから、人が多いところにいくとそれだけで疲れてしまうようなところがあり、この日も例外ではなかったように思う。というわけで、例によってこの学校でも図書館に行き、『グレート・ギャツビー』の最終章を比較して読んでいた(アホかと)。最終章全体だと村上訳が出色の出来だと思うが、最後のフレーズはやはり野崎訳がいい。その後は横にあったラディゲをパラパラと読んでいたが、今どきの女子中学生でラディゲを読むような早熟の子はいるのだろうか?でも当のラディゲはそれを17歳くらいで書いていたんだな…などと一人で思い、娘の通う中学校でそれを読んでいる40歳の自分がなんだか滑稽に思えてしまった。

 

☆☆☆

 

スノーヴァ新横浜にてスキーの練習をする。次女もようやくハの字でそれなりに滑れるようになったので、今年は初心者コースであれば家族でも行けそうである。ウインタースポーツはここ数年ずっとできていなかったので、今年の冬は少し頻度を増やしたいところだ。今年の冬休みは雪山→温泉→フランス語練習というルーティンで攻めてみたい。冬休みに白馬あたりに行けるといいのだが。

 

☆☆☆

 

迷ったものの、11月のDELFを受けることにした。旧友にそんなことを言ったら「なんでDALFじゃなくてDELFなんだよ」とか言われそうなのでこっそりと受験する。あと6週間くらいなので、とりあえず暗記に励みたいところである。しかし、40代になると試験というのはとてもいいものだなと思う。試されている感じがするというか、、、。おそらく勉強や試験での成功体験がそこそこあるからそんなことが言えるのかもしれないけれど。

夏の終わり

夏も終わりかと思っていたら、思いのほか気温の高い日曜日であった。ここから寝るまでの時間はなるべく仏語の練習に充てたいので、申し訳程度にここ一週間くらいであったことを書いておく。

 

☆☆☆

 

COVIDが緩和されてから、初めての週三回飲み会といういささか不謹慎な週であった。四半期の定例打ち上げがひとつ、プロジェクトの打ち上げがふたつ。まあ名目は正直とってつけたようなもので、みんな集まって酒を飲みたいだけなのかもしれない。いずれにせよ、職場の人間関係に恵まれているというのは幸せなことである。

 

そのうちの一つの会で同席した、これまであまり話したことのなかったエンジニアの同僚が、文系アカデミア関係の話題に明るいことが判明し、例の「オープンレター」の話題になる。その後は仕事関連の飲みであることをほとんど忘れ、あれが自分の青春の墓標であるということを延々と語った。どこにもいけないやるせなさと、自分の中でなにかが終わってしまった寂寥感。それでも、その話題を受け止めてくれる人を同僚の中に見出したことで、少し救われたような気もした。

 

帰り道、心が行き場を失ってどうしてよいかわからなかったので、最寄りのコンビニでエビアンを買い求め、ノーマスクで『さまよえる蒼い弾丸』を口ずさみながら家までひたすら歩いた。そうでもしないと頭が過去に引き戻されておかしくなりそうだった。たどり着いた自分の家での日常はやけに非現実的で、まるでどこから借りてきたもののように感じられた。

 

☆☆☆

 

ずっと行こう行こうと言いつつもうすぐ終わってしまいそうということで、家族で天王洲まで「ブルーピリオド展」を見に行く。入場のオペレーションがあまりにも煩雑なのは辟易したが、僕は僕でデータ収集を宿命づけられたような会社に勤めているということで、まあこれはお互い様かなと思った。客層は20代くらいのカップル、女の子二人組が中心だったけれども、家族連れもちらほら来場しており、我々も浮くようなことはなかったと思う。月並みな表現だが、展示はとてもよかった。正直なところ、どこまで行っても僕は美術の世界は門外漢という感が否めないのだが、おそらく作者(+プロデューサ?)の方のバランス感覚ゆえなのだろう、そういったオーディエンスを置き去りにしない誠実さのようなものが感じられた。ちょっと商売っ気が感じられるところもあったけれども、良質なコンテンツのあるところにお金が落ちるというのは、まあ社会的にはに健全なことではないかと思う。

 

☆☆☆

 

さてフランス語の世界に戻ろう。ボロボロになっていくテキストが自分の中でのちょっとしたよりどころになっている。

安芸・備後

家族で広島へと向かう。関東に上陸予定だった台風のために飛行機の運行が危ぶまれたものの、問題なく離陸してくれたのは僥倖であった。空港で車を借り、40分ほど山陽道を走って広島市街に着く。前に来たのは10年以上前だからそれなりに昔のことになる。その頃は僕の人生の荷物もいまほどに多くはなかったし、日常で会うことのできる友人の数も今より幾分多かった気がする。まあいい、今は2022年だし、結局のところ人生のどのステージにおいても、配られたカードで勝負するしかないのだ。

 

到着の夜は5年ぶりくらいに会った友人とお好み焼きを食べる。月並みだけれど、時々学生時代の友人と会えるのはうれしいものだ。彼の語り口は昔と同じように穏やかだったけれども、そこには何かに真摯に向き合ったものにしか醸し出すことのできない含みと、行ってきた仕事への矜持のようなものが感じられた。僕は僕で、デリダの話なんかをするのはずいぶんと久しぶりだった。無理もない、毎日僕は生産性というドグマの中で日々の生を送っているのだ。そういうわけで、丸いグラスになみなみと注がれたアイスコーヒーをちびちびと飲みつつ、久しぶりに過去・現在・未来、それぞれの時間軸の話に花を咲かせた。

 

☆☆☆

 

翌日は宮島に向かう。盆ということもあり、厳島神社の参道は老若男女様々な人々でごった返していた。すでに知ってはいたのだが、神社のシンボルである鳥居は修復中であり、それが当地の趣を心なしか損なわせていた。参拝の後はロープウェイで弥山に登る。名物となっている「消えずの火」の前ではインドから来たと思しき旅行者がたむろしており、その火についてああでもないこうでもないと熱っぽく議論を交わしていた(想像)。どうもインド英語を聞くと実務モードになってしまってよくない。ともあれ、低山ではあるものの、次女を連れて登山――ハイキングに毛が生えた程度のものだが――ができたのは収穫であった。下山後、疲労困憊の状態で立ち寄った「伊都岐珈琲」のアイスコーヒーは秀逸だった。

 

☆☆☆

 

翌日、8月15日。朝から原爆ドームに向かう。別に意図したわけではないのだが、結果的にこの場所を訪れるのが終戦の日になったことに、何かしら因果のようなものを感じないわけにはいかなかった。平和記念公園内に掲げられた半旗、そして32℃の暑さ。77年前の夏を想像しつつ、献花台に祈りを捧げる。僕らはその犠牲の上に生かされているのだ、と。その後は、日差しと暑さからの一時避難も兼ねて、資料館を見学する。事前に想像していたとおり、次女が展示物の内容が怖いということで抱っこモードになってしまう。そんなこともあって、館内では必要以上に感情移入することもなかったのだが、最後の「消えぬ想い」というコーナーの写真に写る女性の涙が琴線に触れ、思わず泣いてしまう。遺された人々は、何年も、何十年も、かつて確かに存在したけれども、すでにそうではない人を想って人生を送ってきたのだ、と。人生の大部分における精神的なアンカリング先を過去に固定され、その反芻と消化を繰り返しながら生きる――。僕も馬齢を重ねてそれなりの経験をしたからなのか、それが人にとっていかに重く、辛いことなのかは、なんとなく想像ができるようになった。それでも人は生き、悲しみの中からも希望と新しい命を育む。次女を抱きかかえながら、残酷ながらも尊い、そんな生命の営みに僕は思いを馳せていた。

 

昼過ぎに広島を出て、しまなみ海道へと向かう。概ね100kmの移動。大山祇神社に参拝しておきたかったというのが理由である。天気にも恵まれたため、いくつかの絶景スポットでシャッターを切りながら当地へと向かう。くだんの大山祇神社は、さすがに大神神社伊勢神宮ほどの空気感はなかったものの、境内の神木(おそらく)からは何かしら気のようなものが感じられた(科学的な傍証はゼロ)。参拝を済ませたあとは、近くのカフェでレモネードを味わい、福山のホテルへと向かう。当地では偶然にもこの夏最初の――そしておそらく最後の――花火を観る機会に恵まれた。街を行く浴衣の女の子が眩しかった。

 

☆☆☆

 

最終日。朝一で福山城の周りを散歩した後、尾道へ向かう。30分ほどの道のり。市庁舎に車を停め、ロープウェイで千光寺山に登る。ここでは4月に落成したばかりという展望台から尾道全体を見渡す機会に恵まれた。そこから「文学のこみち」を1kmばかり散歩する。道すがら、林芙美子の文学碑に刻まれた一文を見ただけで、僕はそれを女性の文であると判断する――なぜなのだろう?まあいい、はるばる尾道まで来て文学理論めいたものに思いを巡らせても仕方ないのだ。その後、商店街のカフェで軽い昼食を取って空港へ。飛行機に乗って『アメリカの鱒釣り』のいくつかの短編を読むと、あっけないほどの時間で飛行機は成田に到着する。ここでまた簡単に夕食を済ませ、帰宅の途につく。そしてまた日常が始まる。

 

☆☆☆

 

帰宅した翌日からフランス語の集中講座が始まる。想像はしていたのだが、思った以上になまっている。基礎的なことはもちろん覚えているのだが、ちょっと複雑なことを言おうとするとやはり英語が出てきてしまう。例えば、「”as long as”って何て言うんだっけ、、、」みたいなことが最初の1時間でたぶん20回くらいあった。とかいいつつ、久しぶりに普段使わない脳の筋肉を動かすことにはそれなりの快感もあり、ここまで3日間それなりに楽しめている。来年に向けて本腰を入れて鍛え直していこうと思う。

 

真夏のロマン主義

土曜日は夕方から一人だったため、母校で発生した(らしい)いわゆる「チー牛立て看板」の件についてちょっと雑文を書こうと思ったのだが、当該看板もひどければ、批判しているほうも相変わらずのフェミ論法で辟易してしまうようなのだったので、言及は避けておくことにする。議論に参加すること自体が自分の政治的なスタンスを規定してしまう泥仕合であるだけに、そこに一定のコミットメントを要求されても、僕のような部外者には正直辛いものがある。まあ一介の会社員による弱小ブログなので、ここに僕が何を書いたからと言って、インターネットという大海へのインパクトという点で言えば無視できる程度のものなのだろうが。

 

☆☆☆

 

娘と2人で国立美術館に行く。彼女の夏休みの宿題のつきあいなのだが、久しぶりに2人で出かけることができたのは嬉しかった。まだ中学生なので当たり前なのだが、言うことがいちいち世慣れておらず、月並みながら可愛いなあと思ってしまう。日曜だけあって人が多くやや閉口したものの、20年来の希望だったカスパー・フリードリヒの『夕日の前に立つ女性』を観られただけでも行った価値はあったと思う。小品といってもいいようなサイズだったけれども、その中にロマン主義の息吹のようなものが渦巻いていると思うと、どうにも胸が熱くなってきてしまう。もう人類が二度と戻ることのないであろう19世紀の発熱――おそらく僕はそれを自分の人生の中にかつてあった何かに重ね合わせているのだろう。などと思いつつ、そんなことを娘に言っても「ふーんよかったね」で終わるのは火を見るより明らかなので、僕はごった返す人ごみの中、僕自身の言葉を自分の中に留めていた。発話されることのなかった、僕だけが持つ固有のエクリチュール

 

☆☆☆

 

橘玲『行ってはいけない』をパラパラと読む。やや強引な論理展開が多いのと、テーマ設定が下世話であまり好みではなかった。世の中がきれいごとだけじゃないことはよくわかっているけれど、それでも僕はそれなりの夢を見続けていたいと思う。それがどれだけちっぽけなものであっても。