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タイムマネジメント

友人の墓参りのために、娘と二人で久しぶりに大阪に出かける。僕にとってうれしい驚きだったのが、娘が友人のお母様に敬語(ですます調)で話していたこと。自分が小学校一年生のころなんて、おそらくサルに毛が生えたくらいのことしか話せていなかったと思うのだが、女の子は実に成長が早い。当初の目的を済ませた後は、子ども連れということで、普段めったに足を向けることのない大阪城に向かう。大阪城公園のあたりはずいぶんと紅葉が進んでいで、朱と山吹色のコントラストが城下を彩っていた。天守閣に行くと、修学旅行生と中韓あたりからの観光客がずいぶん目立つ。たぶん大河ドラマの影響もあるのだろう。その後は、天王寺のあたりで軽くお茶をしてから東京に帰る。それにしても東海道新幹線の常軌を逸した価格設定はどうにかならないものなのか。

 

☆☆☆

 

恵比寿で後輩の結婚式。35にもなって2ヶ月連続で結婚式というのもなかなか珍しい話だとは思うのだが、まあめでたいのはいいことである。僕の苦手なヤソ教式ということもあって、まあ突っ込みどころには事欠かなかったのだけれど、賛美歌のオルガンがパット・メセニーギターシンセみたいな音で、なかなか情感に訴えるものがあった。式では初めて会う何人かの人から、「流星号の人ですよね」と声をかけられる。個人史というのは意外と長くついてまわるものだなあと思った。披露宴というのもあまり好きではないのだが、娘から父親の手紙のコーナーで不覚にも声を上げて泣いてしまう。最近どうも涙もろくて困る。

 

☆☆☆

 

タイムマネジメントというものの必要性や重要性をきちんと認識したのは、思えばずいぶん遅かったような気がする。たぶん社会人になってから、もっと正確に言えば結婚して子どもが生まれてからだ。なにしろ学生の頃はそれこそ時間だけは掃いて捨てるほどあった。それに元々僕は重要な試合やらテストやらについては石橋にセメントを流し込むように準備をするほうで、なにかにつけ物事を早く終えてしまうクセがあり、たぶんそのためにタイムマネジメントという観念を持つことがなかった――あるいは自分には縁のないものだと考えていたのだと思う。

 

だが30代になると事態は一変する。理由は単純で、ライフスタイルの変化によるものである。共働きをしながらペースの早い業界で仕事をするというだけで、一週間のうち自分のために使える時間というのはほぼなくなってしまう。そういうわけで、否が応にも「いかに効率的に時間を使うか」ということを考えざるを得なくなってくるのがこのくらいの年代だといえるかもしれない。

 

翻って、ビジネススクールの入学試験のひとつであるGMATでは、このタイムマネジメントというのが非常に重要だとされている。特に論理(verbal)の試験において、英語を母国語としない人間には処理困難な量の問題数が出題されるからである。そういう制限の中で訓練を積んでいくと、選球眼というか、「この問題は全力で解くべきか、見送るべきか」というのが直観的にわかるようになってくる。結果的にこれが身についたことで、僕は合格点である35点を超えることができた。このあたりの感覚は、おそらくこの試験の勉強をしなかったら身につけられなかっただろうと思う。

 

別にアメリカ式の教育や試験を賛美したいわけではないのだが、日本の教育の中でも、「限られた時間・情報の中ですばやく判断を行い、優先順位を決めること」の重要性は早いうちに教えたほうがいいのではないかと思う。現実の世界は問題が多すぎて、トリアージを行わないことには体がいくつあっても足りないからである。

 

☆☆☆

 

今週もバタバタとした日が続く。ふろふき大根でも食べながら、こたつでぼーっと過ごすような日が一日でもあればいいのだけど。