生存確認

2週間ほどまったくといっていいほど時間がとれず、とてもブログを書くような余裕などなかったのだが、1st termの授業がすべて終了し、ようやく少しばかりの時間ができた。来週テストがひとつ、レポートがひとつそれぞれ残っているが、まあなんとかここまでこれたことは僥倖である。いつものことながら、ブログについてはほとんどの場合、その場で思いついたことを熟慮せずに書くというスタイルをとっているので、内容もcrappyなことが多いし、いきおい今回もそうなると思うのだが、一応の生存シグナルとして、今日も思いついたことを適当に書こうと思う。よくここに来てくれる方々には申し訳ないのだが、残念ながら今の僕には、何かについて深く考えるという余力はほぼ欠如している。

 

☆☆☆

 

来週のファイナンスのテストに備えて、水曜日は一日休みを取ったのだが、結局エロビデオを見たり、シャコンヌの聴き比べをしたりしていたらあっという間に一日が終わってしまった。中学生だった頃とまったく行動パターンが変わっていないことに我ながら驚いてしまう。

 

☆☆☆

 

会社の先輩の自宅にて、パーティーのようなものに参加する。4月にもかかわらず、「おでんでワインを飲む」というナゾの企画であった。まあそれなりに楽しかったのだが、平均年齢30代後半ともなると、人生の落ち着きどころをどこか定めてしまっているような人が多く、その点は若干の寂しさを覚えてしまう。まあ彼ら・彼女からすれば、既婚・子持ちの30代後半で、週25時間命を削って勉強しています、みたいなほうがよっぽど奇特に映るのだろうが…。落ち着いた男性の魅力というのは僕もよくわかるのだけれど、自分はあまりそういう方向に行く気がしないというか、おそらく無理ではないかと思う。キルケゴールは絶望を死に至る病と呼んだが、彼にとっての絶望は、僕にとっての中二病ということになるのかもしれない。まあキルケゴールも非常に中二病的な気質を持っていたのだろうとは思うけれど。思えば、キルケゴールブラームスは結構性格的に似通っていたのではないかという気がする。

 

☆☆☆

 

年末に取材に来てくれた制作会社のお姉さん(タメ)と家族同士でカラオケに行く。場所は新宿の「パセラ」という店。畳、部屋におもちゃ、清潔と、従来のカラオケのイメージとはまったく異なる洗練された空間にいささか驚いてしまった(いい意味でラブホみたいであった)。僕は妻から「たのむから『みかんのうた』はやめて」と言われていたので、人畜無害なポップスを適当に歌い、名物の一斤パンをもぐもぐと食べてぼーっとしていた。制作会社のお姉さんが同年代かつなかなか可愛らしい人なので、「白いカイト歌ってくれない?」と言いたかったのだが、結局自重した。家族同士のつきあいでどこまで素の自分を見せるかというのは、なかなか難しいところである。

 

☆☆☆

 

来週締め切りのマーケティングのレポートで、僕はモスバーガーを扱うことにした。国際化を進めているとは言っても、まあ日本中心のチェーンなので、レポートの題材として許されるか不安ではあったのだが、先生に相談したところOKとの返事であった。モスバーガー昨今の不振の原因と、その打開案の提案について書く予定。まあ前者はけっこう明白で、ユーザからすると、明らかに高すぎるうえにあまり満腹感もないという点と、競合他社もプレミアム・健康志向を打ち出している中で、ブランドとしてのポジショニングが見えにくくなっているという点が問題なのではないかと思う。調べていけばもう少しいろいろな点が見えていく可能性はあるが、とりあえずはこのあたりを中心に書く予定。しかしながら、僕(マーケティング素人)が考える日本の会社のマーケティング・プランを、エジプト人の教授が採点するというのはちょっとしたカオスを感じる。

 

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上記のレポートとテストが片付いたらまた少し時間ができるので、来週はもう少しマトモなことが書けるのではないかと思う。

病み上がりで折り返し

ずいぶんと更新するのが遅くなってしまった。先週小旅行に行っていたというのもあるのだけれど、それ以上に体調が思わしくなかったのが主な理由である。例年春先には体調を崩しがちなのだが、例に漏れず今年もそうなってしまった。原因はおそらく子どもからもらった溶連菌で、3日ほど体調が思わしくない日が続いたので、仕方なく耳鼻科で薬を処方してもらった。今回は家族4人がほぼ同時に罹患してしまったので、家庭内のオペレーションの質は一時的に著しく低下し、リビングは空き巣に入られた後のような状態が数日間続くという有様だったのだが、体調の回復にあわせてなんとか部屋の状態も持ち直してきた。

 

☆☆☆

 

MBAもそろそろ折り返し地点ということで、そろそろリクルーティングの準備を始めなければならない。身も蓋もない言い方だが、経営学修士はお勉強とはいっても、その実はほぼ100%の投資なので、それに応じたキャッシュフローの増加をなるべく早く実現する必要がある。そして、たいていの場合、そのためには転職という道を選ぶのが近道である。手元でそろばんを弾いたところ、3年以内に投資額を回収するには、少なくとも年収ベースで300万円の増加がなくてはならないが、同じ会社に在籍していて、短期的にそれだけ給与を上げてもらうというのは考えにくいからである(もっとも、この計算は税引き前の年収ベースなので、手取りを考えるともっと上昇幅が大きくなければならない)。そう思うと、MBA後のキャリアが以外と少ないというのは頷けるところで、要するに投資額に見合った給与を出せる会社が世の中にそもそも少ないのである。6月いっぱいくらいまではあまり余裕がなさそうだけれど、7月から集中して面接を受けたいなあというところ。その時期にスーツを着るのはかなりおっくうだが、まあ仕方ないだろう。

 

また上記に加えて、次の主戦場が決まったところで、今度は自分のビジネスを立ち上げるための準備も始めなければならない。こちらはそう急ぎではないけれど、自分の人生をトータルで考えたときに、必ず必要となるピースである。

 

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2月のテレビやら、「半端ない」という言葉への嫌悪感やら、いろいろ書きたいことはあるのだけれど、いかんせん余裕がない。なにしろ仕事・家庭・勉強に加えて、就職活動に取りかかろうとしている段階なので、まあこれは仕方ないだろう。ポジティブな側面としては、欲求の種類がとても単純なものになってきているということである。例えば「爪を切りたい」とか、「靴を磨きたい」だとかそんなレベルのものばかりで、とても存在の不条理に悩む余裕などない。まあとりあえず6月いっぱいはこのまま走り、7月からはtransitionを始めるというストーリーになりそうである。今年はゴーヤを育てる時間を確保できるだろうか。

 

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どうでもいい話なのだが、なぜシャルロット・コルデーはマラーの浴室まで入ることができたのだろう。現代の感覚だと、「ごめん、ちょっと待ってもらって」か、「つまみ出せ」なってしまうのが普通だと思うのだが。 この間お風呂につかりながら、「いやあ、ここじゃ逃げ場もないなあ」と一人考え込んでしまった。

弥生は走る

前のポストの日付は3/11なので、そんなに前でもないのだが、先週書けなかったこともあて、キーボードを叩くのがずいぶん久しぶりであるような気がする。レポート提出の締めきりが複数あった上、仕事でも短期プロジェクトでバタバタとしていたので、ここ2週間は自然と英語でのアウトプットばかりになっていた。もちろん日本語は毎日書いているのだが、それらの多くはメールであり、またその大部分は定型化された文章である。母国語でのspontaneousなアウトプットができる場所というのは、家族・友人との会話を除くと、今の僕にはこのブログくらいしか残されていないので、ここに定期的に戻ってくるというのは、単なる定点観測にとどまらない意味を持っているのではないかと思う。まあそんなに大げさなものでもないのだが。

 

☆☆☆

 

マーケティングの講義が佳境に入っているのだけれど、結局なにをどう理解すればいいのかさっぱりわからない。確かに基礎的なフレームワークビジネスパーソンとしての教養とも呼べるものだろうし、購買という現象や傾向を説明するのに、切り口としてある程度は有効だろう。しかしながら、とりわけ日本という市場の特殊性を考えると、古典的なマーケティング理論というのはほとんどまともに機能しないのではないかと思う。何しろこの国は、年収2,000万だろうとサイゼリアの豆サラダを喜んで食べている人もいるし(僕もけっこう好きだ)、逆にフリーターだろうがルイ・ヴィトンを喜んで着ている人もいるなんていうモザイク消費社会である。だからこそP&Gは将来の幹部候補に日本を担当させるなんて話を聞いたことがあるけれど、いずれにせよ単純なセグメンテーションが通用するほど、現代社会におけるマーケティングは甘くないよなあと思う。今のところ、僕にとってのこの講義の最大の収穫は、僕はマーケティングという職種には向いていないということがわかったという一点である。

 

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木曜日から金曜日にかけて株がまたガクッと下がって、一日で15万円くらいの含み損が出てしまった。一方で、来週には多額の学費の支払いがあるので、ここ数週間の円高傾向は少しばかりの恵みではある。まあ昨年末くらいまでの株価はどう見ても世界的に高すぎた嫌いがあるので、適正な水準に戻ってきたと解釈するのが妥当なのではないかと思う。しかしながら、日本国内だけを見ても、ちょっと政治の潮目が変わってきた感じがするのは気がかりである。僕は別に自民党が好きというわけでもなんでもないのだけれど、政治が荒れると、少なくとも経済的にはあまりいい影響はないので、このあたりは一投資家として留意が必要な部分である。しかしながらたった8億円のことでなんでこんなに揉めているのか、僕にはよくわからない。そんな無駄なことは正直どうでもいいので、頼むから100兆円を少しでも有効に振り分けるために知恵を振り絞ってほしい。

 

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来週は講義がないので、少しマトモな記事を書こうと思っている。ちょっとした旅行にも出かける予定である。寒さのピークは過ぎてしまったけれど、久しぶりに温泉に入ることができるのが楽しみだ。

それぞれのローマたち

ずいぶんと暖かくなってきたのはいいのだが、だんだん花粉飛散量が上がってきており、また不安定な天気も続いているので、春を迎える喜びのようなものはあまり感じられない。それでもだんだん気温が上がってくると、やはり頭の中にはGLAYの”Soul Love”が流れてくるから不思議なものだ。ど真ん中のメジャー・ダイアトニックの曲なので、恥ずかしくてとても人前で歌う気などにはなれないのだが、なぜか啓蟄を過ぎるころになると、毎年頭の中にはこの曲が流れることになる。ちなみに連想するものはルーズソックス。90年代の亡霊に取り付かれているのだろう。

 

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経済学の成績について、クラスの何人かから「項目ごとのスコアを開示してくれるよう、先生に言ってくれないか」とリクエストがあったので、僕から依頼を出したところ、なんとクラス全員分の細かい成績表が僕に送られてきて、「君から送っておいてくれるかな」とのこと。ムチャクチャである。「ちょっと僕からは…」と返すと、なんとクラス全員に対して、全員分の成績を開示してしまった。さらにムチャクチャである。経歴を見る限り、この先生は国家戦略のアドバイザリなんかを担当してきた相当なエリートのようなのだが、授業の質も生徒への気配りも、おいマジかよと言いたくなるようなレベルである。人間的に嫌いな人というわけではないのだが、700万円の学費となけなしの時間を投資しているだけに、こういうことがあると本当においおいと言いたくなってしまう。ちなみにその後で、プログラム・ディレクターからは僕に対して正式な謝罪の連絡があった。

 

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先週から、Grammerlyを使い出したのだが、これがかなり素晴らしい。時制や冠詞をかなりの精度でチェックしてくれる上に、類義語の提案もしてくれるので、パラフレーズをしなければならない際にはかなり助かる。例えば、「大成功」という意味のいい表現がないかを探していたら、”colossal success”という言い方を提案してくれたのが、これは僕一人ではちょっと思いつかない表現である。1年で15,000円くらいなので、業務で英語を多様する人であれば、かなり費用対効果の高い投資ではないかと思う。

 

ただし、ここまでで気づいた限り、このアプリケーションには弱点が少なくともふたつある。①あくまで文法のチェックが主眼であり、コロケーションの自然さは判定項目に入っていない、②Dangling modifierが文法上のチェック対象に入っていない、の2点である。したがって、①については別途Googleで調べて対応、②については自分で気をつけるしかないということになる。まあ②に関しては、結構ネイティヴの書く文にも見られるので(Based my observation, I think..とか)、許容範囲だとしているのかもしれない。日本語での「全然」の肯定用法みたいなものだろうか。

 

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20年来、Bon Joviの”These Days”のブリッジ部分に前のところの歌詞、”I know Rome’s still burning”という部分の意味がわからなかったのだが、ようやく納得のできる説明に出会うことができた。以下のサイト。

 

http://a-puri-a-puri.hatenablog.com/entry/2016/12/10/100300

 

曰く、「fiddle while Roma is burning: 大切なものが破壊されそうになっているのをよそ目に、何も手を打たない」という成語のもじりとのこと。つまりここでは、自分にとって重要な何かが失われていっているということを言いたかったわけで、これなら曲のテーマにも合致する。僕が昔読んだCD付属の歌詞カードには、「今も燃え盛るロメオの心」なんていうムチャクチャな和訳が添えられており、中学生ながらに「なんじゃこりゃ」と思ったものだ。

 

30代も半ばになった今だからこそよくわかる。この「ローマ」は、紛れもなく、歌の主人公にとっての自分自身であり、自分の実存であり、魂であったのだと。青年と呼ばれる時期を過ぎ、自分が夢見ていたもの、信じていたものが現実の前で力をなくしていく中で、自分の中の葛藤と必死に戦っている、そんな男のことを歌っていたのだ。Bon Joviはその立ち位置と、決してインテリジェントとは言えない音楽性のために嘲笑の対象となることも多いけれど、こういうところを抑えているあたり、やはり時の試練を耐えた一流のバンドであったのだなと思う。

 

さて、果たして僕にとっての「ローマ」は何なのだろう?それを自分の中に再発見するのが、僕にとっての差し当たっての課題である。

全国放送

例によって疲れている。だいたい子育て世代は月月火水木金金になるのが宿命なのだが、それに加えて、今年は絶え間なく学校の課題が入ってくるので、本当に気の休まる暇がない。今日も2時くらいまでレポートを書く予定である。本当は3月くらいから就職活動を本格的に始めようと思っていたのだけれど、今の状態の自分にもっと精力的になれというのはさすがにちょっと酷なのではないかと思う。

 

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僕を含めた家族がとあるテレビの番組に出演した。僕が出たのはほんの10~20秒くらいの間だったけれど、妻と子どもを合わせるとおそらく5分以上の尺をもらっていたので、全国放送ということを考えると、これはなかなかちょっとしたものである。興味深かったのはそれに対する周りの反応で、ごく身近な人たちは概ねポジティヴな反応をしてくれたのだが(特に僕の妻に対して)、Twitterなんかで感想を見てみたところ、批判的な意見の方が目立った(僕も批判されていた。正確には、映像化された僕の一部が、ということだが)。個人的にも、編集方針には若干の疑問があり、イデオロギーめいたものを感じなくもなかったので、この点については稿を改めてもう一度ゆっくり論じてみたい。

 

ちなみに、僕はこの番組に、今行っている学校のスウェットを着て出演した。多少のプロモーション効果を狙ったのだが、効果のほどは不明である。

 

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1学期(とでも言えばいいのだろうか)の学校の成績が返ってきた。ここまでの累計GDPは3.55で、まあ平均よりはやや良しという程度である。学校のランキングと英語力のハンデを考えると、なかなか検討しているのではないかと思う。早いもので、もう全プログラムの30%くらいが終わりつつある。目の前の課題をこなすだけで精一杯という毎日ではあるけれど、少しでもこの喧騒を楽しんでいきたいものである。

 

一方で、現時点での率直な実感として、やはりMBAはまったくアカデミックなものではない。例えば、僕が哲学の分野でやっていたような、”public”という言葉の用法を200年分遡って、その射程を検証する――なんてことは絶対に求められないし、そんな時間もない。あくまで、MBAは仕事に必要なフレームワークをおおまかに知るためのものであり、その意味で結局Cash drivenなのである。この点についてもいろいろ思うところはあるが、詳細を論じるのはもっと後までとっておこうと思う。

 

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とりあえず、3月末の一週間は授業が休みの予定なので、そこまではなんとか気合でがんばりたい。それを過ぎると次の給水所は5月の連休になるが、子どもも休みになるのであまりゆっくりはできないような気がする。たまにはゆっくりしたいなあ…と思いつつも、たぶん僕はそういう生き方はできないのではないかと思う。どうでもいい話ではあるのだが。

医療テクノロジーの風景

一週間が終わった。授業が休みだったので、時間的にはそれなりに余裕があったけれど、あまりぱっとしない週だった。どうも追われていないと無駄なことばかり考えてしまっていけない。やることなんかいくらでもあるのに、それらにエネルギーを100%注げないのは人間としての弱さゆえのものなのだろうか。それとも人間はそもそもそういうものと考えて、平常運行時の生産性は最大値の70%であるという前提で動いたほうがいいのだろうか。

 

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製薬業界にいるにもかかわらず、相変わらず業界オンチが続いているのだが、そんな素人でもこれはすげえなあと思ったものが最近ふたつあったので、それらについて少し書く。

 

ひとつは、血液検査によるアルツハイマーの早期発見手法の実用化。2月初旬に各誌で報道されたもの。これが本格的に実用化されると、おそらくアルツハイマー・リスクは健康診断の必須項目になり、マイナンバーなんかに「認知症リスク高」とか記載されるようになるのだろう。差別を助長しかねない部分もあるとは思うけれど、これから高齢化がますます進んでいくことを考えると、非常に社会貢献度の高いイノベーションであると思う。

 

もうひとつは、経口インスリンの開発。この分野の横綱であるNovo Nordisk、それにLillyあたりが開発をしているようである。Webで確認する限り、Novoのほうは開発が止まってしまっているようだけれど、毎日の注射の辛さは僕も想像できるので(経験はないけれど)、ぜひ早期に実用化されてほしいもののひとつである。

                                                                                             

あとは、少し話がズレるけれど、ここ数ヶ月、ITの大手による医療分野への進出が目立ってきている(例えば、Google/Alphabetによる手術ロボット開発)。まあこれだけリスクの高い分野だと、大手じゃないと手が出せないよなあ…というのは措いておいて、これは両方の業界での経験がある僕にとっては結構なチャンスとなるような気がする。ちょうど転職活動を始めようとしている時期なので、このあたりの動きも注視していきたい。

 

それにしても、本当にテクノロジーの進歩はすさまじいものがあり、これはもうフーコーの描いた生政治の世界そのものだよなあという思いを強くしている。そうした健康に関する種々の制度を、現代人はどのように内面化しているのだろう?そういえば彼の遺作が刊行されるとのことだけれど、日本ではまた新潮社から出るのだろうか。

 

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これから1時間ほどファイナンスの勉強。金曜日なので少しリラックスしてRegina Carterを聴きながら。結局アメリカ人の作った音楽を聴いて、アメリカ人が作った分野の勉強をしている。51番目の州とはよく言ったものだなあと思う。いいか悪いかは別として。

徹夜でマグマ

久しぶりに徹夜をした。経済学のレポートの仕上げを朝までしていたのが理由である。前にしたのがいつだったかはっきりとは思い出せないけれど、ずいぶん前であることは確かだ。このレポートについては、5人のグループでの提出という体裁で、僕は全体の編集という役割になっていたため、どうしても最後まで時間がかかってしまう。それにしても、高等教育をきちんと受けたネイティヴの読みに耐えうる質の英語を書くというのは、やはりノン・ネイティヴにとって相当ハードルが高い。僕が修正した英語は、提出前に(夜中の1時くらいから)、チームのシンガポールの女の子にメタメタに直され、結局その作業は朝の5時半くらいまで続いた。ずっとSkypeをつないで、「ここはどういう意味?」「これは…ってことなんだけど」というようなやり取りをしていたので、ぶっ続けで説教をされているような気がした。夜通し説明を求められた上に、必死こいて書いた英語を修正され続けるというのは、やはりなかなか辛いものがある。しかも年下の女の子にである。そういうわけで、この日も「こんなの日本語だったら瞬殺してやるのに…」と何度も悔しい思いをした。ライティングももっと鍛えなければならないなあ。とりあえず、Grammerlyにはすぐに登録することにした。

 

翌朝は例によって活蔘28を一本飲んでから出勤した。眠気のピークを超えたからなのか、勤務中はほとんど眠気を感じなかった。人間ってすげえなと思った。

 

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久しぶりに「マグマ」を聴く。中3から定期的に聴き続けている数少ない音楽である。単純に計算すると、21年間自分のプレイリストから一度も漏れたことがないということになる。ちなみにCDは2枚を聴き潰してしまったので、今手元にあるものは3回目に購入したものである。僕はこれまでそれなりにいろいろな音楽を聴いてきたと思うけれど、人生でこのアルバムを超える音楽というか、自分という人間の内部にダイレクトにくい込んでくる音楽にはまだめぐり合えていない。よしんばこれからそうしたものにめぐり合う機会があったとしても、それが自分の中でこのアルバムと同じような地位を獲得するかといえば、そういうことはまずないだろう。10代の特権であるスポンジのような感性を、僕は当の昔に過去に置いてきてしまったからである。それに、なんといっても、失意のとき、悲嘆のとき、失恋のとき、いつもこのアルバムは僕の傍にあって、生きることの意味を教えて続けてくれた。おそらくは十代のうちにそんな音楽にめぐり合うことができたという事実に感謝すべきなのだろう。1曲の「冷血」は、個人的には人生のテーマソングとすら呼べるものである。

 

それにしても、音楽にせよ、小説にせよ、結局昔通ったものばかり繰り返している。感性の幅みたいものも、その大枠は20代前半くらいまでに決定されてしまうのかもしれない。単なる感性の堕落と呼ぶべきなのかもしれないけれど。まあ仕方ない、時間のない世の30代に、もっと感性に投資せよというのは、あまりに酷ではないかという気がする。

 

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この週末も片付けと勉強。3月末くらいまでの予習をまとめてしておきたいところ。春が僕に、花粉のほかにもいくばくかの希望でも運んできてくれればいいのだが。生きろ、生きろ、もっとひたすらに。