与党精神の夏

来年の予算作成期に入ったため、若干バタバタしている。というわけで、一日の1/3くらいはエクセルでモデリングをしたり、上がってきた数字をまとめたりという非創造的なことばかりしている。まあ稲刈りみたいな季節性のものだから、創造性なんかを求めるほうが間違っているのだろう。

 

とはいっても、予算づくりはなかなか難しい仕事である。なにしろどう作っても文句を言われる。「なんであいつのほうが9で、俺が7なんだ」とか、「前提条件がおかしい」とか言われるのは日常茶飯事である。そういうわけで、この仕事をしていると、与党であるというのは本当に骨が折れることだなとしみじみと思う。何しろどういう意思決定をしても誰かから文句を言われる。そういう意味では自民党は素直にすごいなあと思ってしまう。政策的な部分は措いておくとしても。

 

☆☆☆

 

友人のオケを聴きに行く。メンコンとブラームスの3番(1番でも4番でもなく、3番)。

 

残念ながら、この日のメンコンはいまいち泣きが伝わってこなかった。ソリスト(なんか有名な人だったみたいである)のテクニックは申し分なかったのだが、どうにも情感の深さが感じられず、若干機械的な印象さえ持ってしまった。なんかハイフェッツみたいだなあと思っていたら、「尊敬するヴァイオリニストはハイフェッツ」とのこと。さもありなん。

 

ブラームスはなかなか聴かせた。とはいっても3番を通しで聴いたのは初めてで、特に参照項もなかったため、なんとコメントしていいかよくわからない。3楽章あたり、ブラームスはずいぶん繊細な人だったんだなあと思った。たぶん僕と一緒で根暗だったのだろう。そういえばクララとブラームスの書簡集がどこかから出ていたので、近々読んでみたいと思う。

 

それはそうと、コンミスがとても魅力的な人だった。そんなに美人という感じではないのだが、全身に朗らかさのようなものが感じられた。僕もずいぶんと馬齢を重ねたのか、ヒステリックかそうでないかというのは、顔やら雰囲気やらでずいぶんわかるようになったみたいである。ははは。

 

☆☆☆

 

ずいぶん久しぶりにヘッドハンターに会う。どこの人ですかと訊いたら、フィンランドとの由。にもかかわらず、日本での商習慣にあわせ、真夏にスーツを着てきてくれて、ずいぶん恐縮してしまった。

 

ざっくばらんに現在のマーケットについて情報交換する。聞けば、僕と同じ職種でずいぶんポジションが空いているとのこと。外資系については、やはりどこの会社も①他社で同業務を行っている即戦力で、②英語に堪能な人材がほしいが、絶対数が少なく、払底気味とのこと。5年前に言われたこととまったく変わらない気がするけれど、どうなのだろう。日本人は英語と日本語をもう少し真剣に勉強したほうがいいと思う。

 

☆☆☆

 

Kindleの月額固定サービスが始まったので、近々試すつもり。シアトルの冴えない小売ベンチャーだった会社が、いよいよ書籍というマーケット自体を完全に乗っ取りにきていると考えると、栄枯盛衰の理について否が応にも考えさせられてしまう。まあ僕は一消費者として合理的な購買行動を行うだけなのだが。

動物をめぐる形而上学的思考の行方@立正大学

掲題のイベントに参加したので、備忘がてら感想を記しておく。以下、各登壇者の発表についての所感。

 

斎藤さん

 

  • 標題では「ハイデガーデリダ」と銘打たれているものの、ハンドアウトの7割程度はハイデガーにおける諸概念(例えば「退屈さ」「ピュシス」)の分析に割かれており、実質的にはハイデガーにおける動物論といえる
  • ハンドアウトの記述内容は重厚であり、ハイデガー哲学の重要概念が濃厚に詰め込まれてはいるが、皮肉にも、そのために議論の流れがいまいち整理しづらくなっている印象を受けた。発表者のスタイルなのだろうが、論述の中にあまり問いも立てられておらず、僕のような非ハイデガー専門家には少しわかりにくかった(特に pp. 7-8あたり)
  • 西山さんも指摘していたが、不用意な(大胆?)概念の並置(例えば「哲学知」と「観想知」)が気になった)
  • この哲学的な分析を通して結果的にピュシスの隠蔽性が現れる以前の世界へ退行しようとする(あるいは、その遡及的な運動を是とする)のは、本「哲学的分析」自体の否定ではないのか。であれば、この論述自体が単なる非現実的なニヒリズムとして解釈されかねないのではないか(と思った)

 

宮崎さん

 

  • こちらも発表者の出自が色濃く反映されており、実質的にはデリダによるハイデガー読解の読解。斉藤さんとはスタイルがだいぶ異なっており、個々の概念の分析よりは全体の議論の流れを重視しているという印象。個人的にはこちらのほうが理解しやすかった。「痕跡」の分析により人間・動物の二項対立を無化するという、典型的な脱構築論法で整理されていたことが理由だろう
  • デリディアンによる見本のような読解であったという印象を持った。ただ、結語部分の「夢」ではやや言葉を濁しており、もう少し展開が必要なのではと思った
  • ハンドアウトのレイアウトが非常に整っていたのが印象的だった。Indesignを使っているのだろうか?

 

西山さん

 

  • ハンドアウトが引用のみだったのが残念(家に帰って読み返したときに、ほとんど議論を整理できなかった)
  • 棺の議論など、興味深い論点をいくつも話していたのだが、デリバリにやや難があったために(僕の印象)、うまく理解できなかった。もう少しゆっくりと、言葉を絞って話してほしかったと思う。話の内容自体は興味深いものだっただけに若干残念だった

 

川口さん

 

  • 西山さんとは対照的に、ハンドアウトが非常につくりこまれており、30分で扱うにはどう見ても無理な量だった。もう少し内容を絞ったほうがよかったのではないかと思った
  • 個人的に神―人間―動物の論点はもっと展開してほしかった

 

なお、時間の関係で質疑応答には参加できなかった。

 

 

全体について

 

  • 久しぶり(たぶん10年ぶりくらい)の哲学系シンポジウムだったが、思いのほか楽しめた。たぶん僕は哲学がけっこう好きなのだろう
  • 会場はほぼ満席だった。人々の間に現代思想への関心がまだ残っているということに感慨を覚えた
  • ハンドアウトの不足により、時間が大幅に押していた。明らかな運営の不備と思われるため、改善を期待したい
  • 20世紀の哲学ばかりが扱われていたので、今度はぜひ18世紀の観点での動物論が聞きたいなあと思った(ところで昨今ののディドロ・ブームはこの動物論に後押しされたものなのだろうか。よくわからん)
  • やはり重要概念については、ハンドアウトではなく、パワーポイント等を使って、理解しやすくする工夫が必要だと思った。これは僕が普段スライドばかり作っているせいかもしれない

 

 

☆☆☆

 

 

4人の発表を聞いてから外に出ると、なにかの寓意のように、雨上がりの空に虹がかかっていた。水たまりをよけながら、家までの坂道をゆっくりと歩く。残念ながら、僕は二足歩行には戻れそうもないな、と思った。でも営利企業では理性を十分に行使することもできない。じゃあ僕は何なのだろう――たぶん「中身のない人間」かなにかだろうなと思った。でも選挙権はあるんだぜ、ともう一人の自分に逃げ腰で反論しつつ、そのまま僕は投票所に向かった。 

下田

ほんの数日ながらも、夏休みということで、下田でゆっくりと過ごす。ここ数年、夏休みは行先に伊豆を選ぶことが多い。理由は以下のようなものである。

 

安い。沖縄・グアムあたりだと、最低でも4人で20~30万、ハワイだと50万程度の予算が必要となるところ、伊豆なら10万円以下でかなり楽しむことができる

近い。東京から2~3時間で行くことができる。交通費もあまりかからないし、近いので子どもも移動でストレスがたまりにくい。逆に、子連れでの飛行機は、場合によっては凄惨な様相を呈する

おいしいものが多い。海産物はもちろんのこと、肉・野菜もほとんど地元のものが出てくるため、新鮮でおいしいものが多い

レジャースポット・観光資源が豊富。日本有数の温泉地でもあり、歴史のある場所なので当然なのだが、観るべきところが多い。海も山も川もある。東京から移り住んできた人も多いためか、文化資本もそれなりに蓄積されている

海がきれい。特に下田エリアについては、東京湾でも屈指の透明度(特にヒリゾ浜)。美しさであれば沖縄には一歩譲るが、都内からアクセスする場合のROIを考えると、下田が一歩上ではないかという気がする。また、沖縄は若干政治的に複雑な部分があるが、それに比べると下田は精神的な障壁がほぼない

言語が理解できる。というのは半分冗談なのだが、僕は静岡県内の生まれなので、伊豆の方言はだいたい理解できる(というか、静岡の方言の核を成す「~だら」はほぼ県内共通である。この言葉には、おそらくネイティヴ・スピーカーにしか理解できない、独特の鷹揚さがある)。これにより、当地で出会う人々に親近感を持たれやすい

  

 

というわけで、3日ほどほとんど何も考えずに、海を見て魚を喰らいながらぼーっと過ごす。一応IPadを持っていったので、仕事のメールは見ていたものの、さすがに積極的に返信する気にはなれなかったため、緊急のものを除いてほぼすべて放置とした。その分いろいろ本が読めるかなと思っていたのだけれど、結局シッター業で忙殺されてしまい、自分のための時間はほとんどとれなかった。

 

 

それにしてもいつも思うのだが、なぜ宿泊施設には夜ゆっくりと本を読む場所がないのだろう。本当は家族が寝静まった後、ゆっくり白ワインでも飲みながらエッセイを読みたいのだけれど、部屋もラウンジも暗いので、どう考えても文字を追うことには不向きである。たぶん需要はあると思うので、どこかにそういったことができる宿泊施設があればいいなあと思う。

 

 

余談ながら、アメリカで会計士試験を受けたときには、ホテルに専用の勉強部屋が設けられていて、そこでは24時間快適に勉強することができた。軽食・飲み物もフリーだった。ああいうスペースがもっといろいろなホテルにあってもいいいと思うのだけれど、どうなのだろう。でもまあ、バカンスに来て、22時から「ちょっとヘーゲル読みに行ってくる」と部屋を出ていったら、あまり家族はいい顔をしないだろうなあとも思う。難しいところである。

避難訓練

子どもの「避難体験」的なイベントで、土曜から日曜にかけて、小学校に宿泊する。「1年生はまだ一人で泊まることに不安があると思われるので、親同伴で宿泊するように」という原則にしたがっての措置である。というわけで、PTAとしての奉仕活動(児童の受付)を滞りなく終えた後、そそくさと指定された部屋に移動し、マットを敷いて寝る。周りに6~7歳の女児がわらわらと雑魚寝しているという、ペドフィリアには垂涎ものの状況だが、正直僕にとってはうるさいだけである。当然、床も固い。シーリーのベッドなんかに比べると27倍くらい快適さでは劣るのではないかという気がする。案の上うまく眠れず、午前1時くらいまであれやこれやととりとめのないことを考えていた。例えば――同時性について。僕がここで眠れない夜を過ごしているときに、高江では人々が当局と闘い、ドイツでは乱射事件で愛しい人を失った人が悲しみに暮れ、そしておそらく五反田のホテルでは少なくない数のカップルが絶頂を迎えているのだ。悲劇とも喜劇ともいえない、おそらくは真実であろうその事実について考えると、単純に僕は不思議な気持ちになった。ビートルズの”A day in the life”はそういうことを歌った曲なのかなどと考えているうちに、僕は浅い眠りに落ちていた。隣では長女がすやすやと寝息を立てていた。

 

朝。ずいぶん早く目が覚めてしまったので、教室にあった小学館『図鑑 宇宙』のページをぱらぱらとめくる。木星のメタンついての記述を読んでいると、まわりの女児たちが目を覚まし始める。「なにを読んでるの?」

 

6:30、校庭に出て、ラジオ体操に参加する。体のあちこちが痛むが、空気が澄んでいてなかなか気持ちいい。きちんと第二までこなしたあとで、周りの親御さんたちに申し訳程度の挨拶を済ませ、僕はそのまま家路についた。熱いコーヒーが飲みたかった。

 

☆☆☆

 

何を思ったのか、次女を連れて二人で代官山に行く。たぶん普段できないウィンドウ・ショッピングでもしたかったのだろう。ベビーカーを押していると、少なくない数の人から声をかけられる。スマートフォンに夢中で、周りがロクに見えていない人々がやけに目につく。たぶんポケモン捕獲に必死なのだろう。

 

1時間半ほど街をウロウロしたが、結局ほしいものはひとつも見つからなかった。18歳のときにあれほど煌びやかに見えた数々のショップたちも、ずいぶんと輝きを失ってしまったように見えた。たぶん僕のほうが都会に慣れすぎてしまったのだろう。というわけで、公園でパンをかじり、子どもに和光堂のレトルトフードを食べさせて、コンディヤックの『論理学』を本屋で買い求めたところで、そそくさと当地を後にした。もう18歳ではないのだな、と思った。

 

☆☆☆

 

夏休みまでもう少しだ。がんばろう。

人文学を遠く離れて

思えば、哲学書だとか歴史書だとか、いわゆる人文学の本をフラットな――というのも語弊があるが――目で読めるようになったのはずいぶん最近のことであるような気がする。7年間もそれなりに深くその世界にコミットしていたためだろう、テクストを読むという行為に付随する副次的な意味に、ずいぶん長い間僕は縛られていたように思う。村上春樹はジャズ喫茶をやめたあとに、「しばらくの間ジャズが聴けなかった」と幾度となくエッセイの中で述懐しているが、僕が人文モノに対して感じていた感覚も、まさに同じようなものである。あまりにも深く関わってしまったものごとについては、単純な好き嫌いでは割り切れない複雑な感情が絡み合うがゆえに、あえてその世界から遠ざかろうとする力がしばしば働く。加えて、東北の地震からしばらくの間、人文系界隈は不気味な微熱を帯びており、見るに堪えないような言説や書籍があちらこちらで生産されていた。それら諸々の理由から、ここ数年、おそらく僕は意図的に人文系の本を読むのを避けていたように思う。

 

とはいえ、一度は—―というかずいぶんと長い間――心酔した世界である。その世界を離れていながらも、大学改革の中でこの学問が格好の批判対象になっているのを耳にすると、決まって僕は複雑な気持ちになった。今の僕という人格の少なくとも数パーセントは、その制度の中に身を置かなくては得られなかったはずのものであるからだ。一方で、その世界の閉鎖性やナルシシスムに対する嫌悪感は、正直なところ今でもぬぐえずにいる。今という点から考えれば、営利企業に勤め始めてから、一心不乱に実際的な知識や経験を求めたのは、その嫌悪感に対する反動という要素が大きかったのかもしれない。事実、典型的な人文系批判者の言う、「役に立たない」という思考停止のクリシェにも、「まあ仕方ないな」と個人的に常々感じてはいた。もちろん完全に同意することはなかったにせよ。

 

そんな個人的な冷戦状態が少しずつ緩和されてきた理由のひとつは、おそらく管理職になったことである。どうすれば人にいきいきと気持ちよく働いてもらうことができるか、そのために自分はどんな努力をすべきか――そんなことを自分なりに考えるうちに、「人間とはなにか」という問いを追求する人文学の営みに、再び目が向くようになったのだと思う。そのせいか、ここ最近、僕はいわゆる古典の文学作品を、以前よりもずっと切実なものとして読むことができるようになった。『明暗』の心理描写の的確さを、身体的な実感を持って感じることができるようになったのも、『ドルジェル伯の舞踏会』におけるラディゲの天才性を理解できるようになったのも、ついここ数ヶ月の話である(恥ずかしい話ではあるが…)。そして、そうした古典作品に対する納得感は、ゆっくりと、でも確実に、僕の主観的世界に肉付きと彩りとを与え、実務家としての僕の振る舞い・態度にも少なからず変化をもたらすはずだ。その点、実際性とはもっとも対極に位置するように思われる「古典を読む」という行為――すぐれて人文学的な営み――には、きわめて純度の高い実際性が含まれているのではないかという気がする。事実、ビジネス・エグゼクティヴ教育において、世界で最も先鋭的なプログラムのひとつであるIE-Brown EMBA Programでは、人文学の知見が多分に取り入れられていると聞くが、これもその証左となりうるものだろう。

 

しかし一方で、現状の人文系コミュニティを見ていても、残念ながらあまり応援をしようという気になれないというのも事実である――少なくとも僕はそうだ。その理由のひとつは、そうしたコミュニティのうちに、変化しよう、時代のニーズを汲み取ろう、よりよい質の教育を届けようという気概のようなものがあまり感じられないからである(そういう思いを持った人は、だいたい東浩紀氏のように、半ば諦め半分で在野に下りてきてしまうパターンが多いのではないか)。逆に、狭い世界とジャーゴンの中に閉じこもり、市民革命の時代から変わらないような、古色蒼然とした価値観を振りかざしている「痛い大人」があまりにも悪目立ちしてしまっている。冷たい言い方かもしれないが、現在「改革」の名の下に行われている暴力は、そうした膿を出すという点においては悪いことばかりではないのかもしれない。もちろん、見るに堪えないものも多く見ることになるのだろうが…。

 

ともあれ、向こう一ヶ月くらいのどこかのタイミングで、「人文系学部をビジネス的に回復させるにはどうすればよいか」というテーマで一筆書いてみたいと思う。これはかなり面白いテーマだと思うのだが、僕の知る限り同じような記事・書籍は見たことがない。どこかの人文系教員が書いていてもよさそうなものだけれど、そういうものが出てこないことが、この分野の浮世離れ感を如実に物語っているような気もする。

サーカス

3連休は瞬きのごとくあっという間に過ぎていった。草野マサムネは瞬きという一瞬の中に存在する悠久を歌ったが、残念ながら僕の瞬きの中にそんな詩情は微塵もない――いや、人生における恒久的残尿感についてであれば、僕もその一瞬にいくばくかの詩情を込めて語ることができるかもしれない。そんな満たされない思いを抱えて、僕はここ20年ほどずっと人間稼業をしていることになる。僕の人生に対する期待値が最後に満たされたのはいつだっただろう?

 

☆☆☆

 

サーカスを観に行く。サーカスというビジネス自体、動物愛護の観点から批判的に見られがちなので、会場の外では愛護団体が金切り声を上げているかと思ったのだけれど、まったくそんなものはなくて、やや拍子抜けしてしまった。きっとそういう団体も、政府批判が忙しくて、ロシアン・サーカスなぞにかまっているヒマはないのだろう。

 

会場に入ると、劣化した”Mr. Crowley”(のイントロ)みたいな曲がかかっている。席に座ってしばらくすると、ドブリージェーニな人々が入れ替わり立ち代り曲芸をみせてくれる。劣化版”Mr. Crowley”の時点でいくぶん予想できていたのだが、音楽が88年くらいで完全に止まってしまっており、正直ナツメロ以外の耳で聴くにはだいぶ厳しいものがある。たぶん”Get Wild”をそのままかけても、誰も違和感は持たないだろう。動物を交えた曲芸コンテンツもあまり新鮮味はなく(そりゃそうだ)、2時間観ているのは正直辛いものがあった。エンタメビジネスという切り口だと、2000年代以降はCirque du Soleilベンチマークとならざるを得ないのだろうが、正直サーカスという切り口であちらを越えるというのはかなりハードルが高いのではという気がする。

 

まあ子どもは喜んでいたので別にいいといえばいいのだが。

 

☆☆☆

 

久しぶりに友人と会って、五反田のスペインバルで白ワインを飲みながら、35歳以降の人生をどう生きるべきかについて話す。話しているうちに、「35歳以降の人生は果たして消化試合なのか」という点が論点になる。まあある意味では、その問いに対する回答はYesなのかもしれない。9月26日あたりのヤクルト対広島みたいなものだ。僕たちは、雇われでいる限り、どれだけ働こうが、会社という組織の中の閉鎖的な序列に組み込まれるだけである。子どもはかわいいが、究極的には彼ら・彼女らは、親から独立した意思主体であり、いずれ離れていく。

 

けれども――同時に僕は思う。そんな消化試合にだってそれなりの楽しみ方はあるはずだ。それを戦うチームには、ホームラン王候補だって、首位打者候補だっているかもしれないのだから。正しいかどうかは別として、今はそんなミクロな目的の中に楽しみを見つけるしかないのだろう。自分の中の首位打者をなんとかして見出しながら。

 

軽く酔って家に着いたら、無性にジャズが聴きなくなる。”My foolish heart”――スタンダード中のスタンダードなので、古今東西のミュージシャンが演奏しているが、やはりビル・エヴァンズのものが一番好きだ。甘いメロディに身を委ねながら、どうしたものかな、と考える。しばらくして回答を出すのを諦め、歯を磨いて床に就く。オートメーションに身を委ねるように。そんな暮らしが続いている。

 

☆☆☆

 

3連休だったというのに、個人的に自分に課している勉強やら読書やらはまったく進まなかった。月並みだが、子どもを育てるというのは本当に大変なことだなあと実感する。まあいい、今週もギリギリchopをテーマに全力で走ることにしよう。死んでからゆっくり休めばいい。

 

悲しみの金曜日

ニースでの無差別殺人のニュースで朝が始まる。僕が青春時代の一部を過ごした街だ。事件が起こった海沿いの道――当地では「プロム」と呼ばれている――は、往時の僕のジョギング・ルートだった。まだかの街にトラムが通っていなかったころの話である。一応、友人二人にはメールで安否確認したが、まだ返事は返ってきていない。いろいろな人のことを思い出したけれど、名前をどうしても思い出せない人、連絡手段がない人が多く、知っている人が皆無事でいてくれるかどうかはわからない。昔みたいにみな元気に”Je m’en fous”を悪態をついていてくれるといいのだけれど。

 

しかし、短絡的な感想ながら、近年のヨーロッパはテロが増えすぎてしまって、少なくとも僕が知っているヨーロッパはもう無くなってしまったのだな、という思いを強くしている。19世紀の栄華の残り火も痩せてしまって、債務超過国と移民が残ってしまったというのが、悲しいけれどもかの国々の現状だろう。数年前まで、30代はぜひ向こうで働きたいなあと考えていたけれど、現状を見ると、日本にいるという選択をしたのは、それなりに妥当な選択だったのかなあという気がする(当然そこには葛藤もあるが…)。

 

☆☆

 

月曜日から子ども二人が体調を崩して、結局妻と僕とが交互に仕事を休んで看病にあたる。僕の場合は、緊急措置としての自宅勤務ということで、業務を普段と同じペースで進めねばならなかったため、正直なかなかキツかった。会議も電話のみでの参加だと、どうしても細かい部分がわかりにくい。あげくの果てに、週の半ばからは風邪が僕にも移ってしまい、結局ここ3日間くらいずっとお腹の具合が思わしくなかった。これからもこういうことは起こるだろうし、そのたびに休みをとったり、自宅勤務をしたりするわけにもいかないので、やはり病時保育というオプションをきちんと備えておかなければなあと真剣に思った一週間だった(遅い)。

 

あとは、娘が小学校に行きはじめてからというもの、もらってくるプリントの数が盛大にインフレしているので、Scansnapで取り込んでまとめておくというプロセスをきちんと導入しなければなあと思っている。この3連休でがんばりたいところ。

 

☆☆☆

 

これから『ドルジェル伯の舞踏会』をゆっくり読んで寝る。20世紀最高峰のフランス小説だ。悲しみの革命記念日から一日明けて、僕の一日がフランスで始まり、フランスに終わってゆく。