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4月

ここ10日ほどで、いろいろなことがバタバタと動いた上に、体調を崩してしまい、まったくブログを更新する時間がとれなかった。半ば自分の備忘用にどんなことをしていたのかを記しておく。

 

☆☆☆

 

4月頭、家族で信州に向かう。一応の名目は長女の卒園祝い。一応自然を満喫しようという趣旨だったのだけれど、レンタカーが借りられなかったため、ほとんど楽しめたのはホテル内のプールと人工的な自然のみだった。それでも子どもはうれしそうにしていたので、まあ及第点ではないかと思う。ジャムの種類が豊富で、バターが美味しいので、僕はパンばかり食べていた。結果、帰りの列車で若干気持ちが悪くなる。やはり僕は山側には住めそうもない。それにしても、体感的に信州は遠い。無理もない、所要時間の2時間は、現代であれば東京から京都~大阪あたりまで行けるくらいの時間なのだから。

 

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続いて、長女の入学式。これは強烈にイライラした。何が癪に障ったかというと、僕が長年に渡って忌み嫌ってきた、フーコーよろしくの、規律=訓練のシステムがこれでもかというくらいに具現化されていたからである。それに、来賓の話なんか、30秒くらいで終わる内容なのに、20~30年前と変わらずやっぱり長い。Fotune500クラスの経営陣のビジネス・プレゼンテーションなんかと比べると、残念ながらデリバリの上手さについても、Pentiumとそろばんくらいの差がある。そんなわけで、ずいぶんストレスがたまったのだけれど、僕は小市民として生活することに慣れているので、もちろんそんなことは顔に出さないし、ちゃんと国歌も歌う。何せサラリーマンとして「承知しました」を連発しながら、心を無にして毎日労働しているのだ、国歌なんぞ朝飯前である。

 

まあでも、哲学を修めてしまったら、素直に学校教育の言っていることを信じるっていうのはまあ無理ですよね。正しいことも言ってるけど(「外から帰ってきたらうがいをしましょう」とか)。

 

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土曜日にいきなり発熱。春先になると僕は決まって体調を崩してしまう。数年ぶりの39℃ということで、今回は土日のほとんどを寝て過ごした。一日中寝ていると、過去にあったいろいろなことが頭を巡る。病気にならなかったら、一生この人のことは思い出さなかっただろうなあという人のことも思い出す。思い出した何人かの人について、「ああ、きっとこの人とはもう一生会わないのだろうなあ」と思ったら、切なくも不思議な気分になった。でもおそらくそうなのだろう、僕と彼ら・彼女らをつなぐものは、今現在ほとんど何一つ残っていないのだから。そして会わない可能性のほうが重みを増してきたということは、シーソーが傾いてしまったこと――すなわち僕の人生が後半戦に入ったことをも含意している。

 

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まだいくらでも書けるのだが、これくらいにしておく。明日からは運動と来月への試験勉強を再開して、生活リズムを通常どおりにする。この週末は春らしく家庭菜園の準備なんかをしたいと思っている。