ルノワール(コーヒーじゃないぜ)

担当しているビジネス部門の在庫棚卸をする。主に冷蔵庫に入っている薬品をひとつひとつ数え上げて、帳簿との差異がないかを確認するという極めて地味な作業である。でも僕はこれがけっこう好きだ。基本的に普段はエクセルかパワポ、そうでなければ会議という典型的会社員的生活を送っているので、肉体労働寄りの作業ができるのは貴重なのである。物品自体も、けっこう水兵リーベなものがいろいろと並んでいて、そういうものをほうほうと眺めているだけでも、なかなか趣きがある。危険物のところには「毒」とか書いてあったりして、これまたなかなか面白い。毒だろうが、毒以外だろうが、スポイトだろうが、会計上は1である。

 

しかしながら、自分が今いる業界を考えると当り前なのだが、僕の担当しているビジネス部門は見事にみんな理学・薬学出身の人ばかりである。そんな中で文系、それも哲学出身というのは、割合的にはたぶん日本在住のトルクメニスタン人と同じくらいではないかという気がする。まあいい機会なので、久しぶりに初心者向けの化学本でも読もうかなと思っている。『大人のための化学再入門』とかそんな名前の本だ。読んだからといって特になにか得になるというわけでもないのだが。

 

☆☆☆

 

CFOを目指すキャリア戦略』という本を読む。文字どおりCFOになるためにはどうすればいいかを詳述した本である。なかなかいい本だったのだが、そんなものを読んでいる自分がなんとも滑稽で、思わずシュールな笑いがこみあげてくる。村上春樹の小説だったら、「やれやれ、これはまるで別の誰かの人生みたいだな」とか書いてありそうである。僕は僕で、どうしても自分自身に突っ込みたくなってしまい、「CFOって、超・ファンキーな・おっさんの間違いじゃねえのか」とかどうしても言いたくなってしまう。まあでも、この分野でもう10年近く飯を食っているのだから、本当に人間というのはわからないものだなあと思う。

 

☆☆☆

 

西部新宿線の中で、ルノワールの”Le Moulin de la Galette”が印刷されているポスターを見て、思わず泣きそうになる。印象派のど真ん中、フランス特有の陽光が、印刷されたキャンバスからも痛いほど伝わってくる。そして集う人々の笑顔。僕が心のそこから愛したフランス(une France que j’ai aimé)がその小さな平面に集約されている。あまりにも眩しく、それがゆえに僕にとっては観ていて非常に辛い作品だ。美しすぎるのだ。

 

南仏に住んでいたころも、よく青すぎる青に晴れ上がった空を見て、同じことをよく思っていた。その美しさは僕をひどく孤独で悲しい気持ちにさせた。僕は何人かの人にそのことを話して、自分が感じていることを少しでもわかってもらおうとした。自分と同じことを皆も間主観的に感じていると信じていたのだろう。でもわかってくれる人はほとんどいなかった――ただ一人を除いて。そのたった一人が、僕の今の配偶者である。

 

ともあれ、件の作品は六本木でしばらく見られるようなので、ぜひ見に行きたい…のだが乳児を連れていくわけにもいかないので、なかなか困ったものである。

 

☆☆☆

 

今日も英語と中国語で夜は更けていく。