気づいたら師走

帰ってきたらずいぶん時間がとれるだろうと思っていたのだが、年単位の疲れがたまっているのと、手つかずになっていた大量の事務作業があるのに加え、いくつかの重要な仕事が残っているので、結局バタバタとしていた。先週、久しぶりに勉強以外の一人の時間がとれたときには、それまでたまっていたストレスを吐き出すように、好きなだけエロビデオを見て、しかるべき自己処理を行い、Wikipediaの英語版でエロワードの説明文をひたすらに読んだ(Human sexual activityとしてまとめられている)。そのあと、X Japan(というかDahlia)を久しぶりに大音量で聴く。こう見ると、中学生のころから行動パターンが何一つ変わっていないことに我ながら驚いてしまう。

 

ともあれ、ようやく日常が帰ってきたので、運動や読書も再開し、整体・歯医者にも行き始める。なにしろその手のことを1年間まるまるサボっていたので、することには事欠かないのである。しばらくは、これらのことをひとつひとつこなしつつ、疲れを取っていくというのが生活上の指針となりそうである。

 

一方で、娘の中学受験をどうするかという話も本格的に出てきており、こちらはなかなか面倒そうである。共働き家庭にとっては、子育ての最後の難関なのだろう。難しいのは、僕も妻も都会の中学受験を知らないので、手探りで進めざるを得ないという点である。このため、やはりある程度塾などで情報を積極的に取っていくようにする必要がありそうである。個人的あまり学習塾というものが好きではないので、あまり気が乗らない部分もあるのだが…。

 

冬休みになったらもう少し長い記事――というか、読みでのある記事――を書こうと思う。まずなんといっても事務作業である。

卒業

シンガポールのランドマーク、例の船が上に乗っているホテルでの卒業式。人生初めてのアカデミック・ガウンはぶかぶかで、オバケになったような気さえした。学位が得られたことによる安堵感と、これから始まる新しい日々への期待からだろう、同級生たちは皆一様に晴れやかな顔をしていた。僕は僕で、なんとか平均を上回る成績で修了することもできたし、なんとか卒業式に家族を連れてくることもできたので、ほっと一息ついているところである。ちなみに、夜でのディナーの際、僕は「コメディアン大賞」(要するに、面白かったで賞)を学校(+クラスの皆)から送られた。こういった賞が日本人に贈られるのはなかなかのレアケースではないかと思う。

 

正直、このプログラムにアプライしたとき、僕の期待はさほど高いものではなかった。いや、このプログラムに対してというよりは、MBAというのものに対してどこかいぶかしさを感じていたというほうがより正確かもしれない。そして、MBAを、それもいわゆるトップスクールの一角のプログラムを修了した今も、その気持ちの半分は消えていない。アカデミックという一点に限って言えば、さほど高いレベルは求められないし、おそらくここで学んだハードスキルについては、実務で使い続けない限り、早晩忘れてしまうだろうからだ。それでも僕は、本当にMBAを取ってよかったなと心から感じている。理由は主に以下の三点である。

 

1. 友人関係が広がった。

これまで英語を介して作ってきた友人関係には、どことなく他人行儀な面があったような気がする一方で、今回のプログラムでできた友人は、同じ苦しみを共有してきたということもあり、本当に近しい関係となった。彼ら・彼女らはこれからも僕を訪ねて日本に来るだろうし、僕も彼らに会いにいずれ世界中の都市を訪れるだろう。これは本当に一生ものの財産である。

 

2. 経営がずっと近しいものになった

一年間ずっと様々なケースを読んでいたからだと思うのだが、いろいろな会社の「経営ごと」を、少なくとも以前の自分よりはずっと近しいものとしてとらえることができるようになった。同じ事象を扱う際でも、これまでは僕の視点はどちらかといえば財務に偏っていたが、この一年を通して、戦略、マーケティング、オペレーション、人事など、様々な側面からものごとをとらえられるようになった(と思う)。

 

3.願っていたポジションに転職できた。

これはすでに4か月前の話だけれども、狙っていた会社の、狙っていたポジションに転職できた。Hiring managerからは明確に、「トップスクールのMBA(候補)であることが、選考上の強力なアドバンテージだった」と入社後に言われた。ポジションも、給与の上昇幅も、この学位なしでは不可能なものだったと思う。

 

最後にもう一点付け加えるとすれば、英語の読み書きのスピードや質も、多少は上がったのではないかと思う。スピーキングについても、多少はマシなレベルになってきている…といいのだが。とはいえ、英語力については、ネイティヴとの圧倒的な差を見せつけられることのほうがむしろ多かったので、やはりこれからも継続的に鍛えていかなければならないなと思う。

 

ともあれ、明日からはまた新しい日常が始まる。大量のメール処理、職場へのお礼、これからすることの整理、日本でのソーシャライズ再開と、これからまた慌ただしい日々となりそうである。羽田まであと2時間、この2時間だけは自分に少し休息を与えることにしよう。まだ見ぬ新しい日々の景色が、素晴らしいものになることを願いつつ。

Quick update

ある程度ボリュームのある記事を書く余裕がまだないのだが、さすがに2か月近くも何も書かないのはどうかと思うので、ちょっとしたメモを残しておく。新しい会社に入ってからはけっこうな怒涛の日々が続いており、一方で学校関係のto doも非常に多かったので、とてもブログなど更新できる状態ではなかった。その学校も来週で卒業式、仕事もおおむね来週で年内の山はすべて終了する予定である。まあなんというか、最初から最後までムチャクチャな一年である。来週いっぱいはシンガポールで、少し時間がとれそうなので、余裕があればちょっと長い記事でも書いてみたい。いずれにせよ、もう少しだ。

Crazy Crazy Crazy

予想していたとおり、先週はとてもブログなど書いている時間がとれなかった。引継ぎのラストスパートに加えて、送別会が毎日のように入っており、てんてこまいになっていたからである。結局最後の土日も両日マニュアル作りなんかに追われていたので、9月最終週の残業時間はおそらく30時間を越えていたのではないかと思う。しかしながら、日曜日の17時過ぎに、使い慣れたPCをシャットダウンして、通いなれたオフィススペースに「ありがとう」と「さようなら」を告げるときも、涙は出なかった。前に会社を辞めたときは、2回とも涙をこらえながらオフィスを後にしたので、これは自分としてもいささか意外だった。結局のところ、僕はこの会社をそこまで好きになれなかったし、深い思い入れを持つほどに濃い時間を過ごすこともできなかったということだろう。会社としての濃さでいえば、ひとつ前の会社が相当に強烈な環境だったので、どうしてもそこと比べて面白くなかったというのは、実感としても認めざるを得ないところであった。

 

☆☆☆

 

で、翌日から新しい会社での業務が始まる。不思議なのだが、入社日にもかかわらず、新しい会社に入るという感覚はほとんどなかった。前々職と似たような業界であることに加え、現職の従業員に何人も知っている人がいるので、どちらかいえば、「ああ、帰ってきたなあ」という感じがしたし、何人かからは実際に同じようなことを言われた。そうなると、賢い読者諸氏は、この新しい会社もなかなか尖った会社なのではないかと類推するだろうが、やはり噂に違わずなかなか強烈な組織だった。たとえば、「ちょっと組織の全体像を知りたいので、組織図を見せてもらえますか」と上司に訊くと、「組織図…うーん、組織図ってあったかな?ヒヤリングして作ってもらえる?」と言った具合である。たぶん、こういうときに「ははは」を思える人でないと、こういうところではとてもやっていけないだろう。

 

しかしながら、予想していたとおり、社長はとても魅力的な人だった。全身から真摯さとやんちゃさのごちゃ混ぜになったような雰囲気がにじみ出ていて、とても素敵である。金曜日に挨拶する時間をもらえたので、「よろしくお願いします、今日5日目です」と言うと、「じゃあもうここではベテランだな?」と冗談めかして返してくれた。

 

☆☆☆

 

一方で、MBAは最後の2ヶ月に入り、いよいよ卒業間近という段階である。10月後半からは最終レポートの執筆も始めなければならないので、これまたバタバタとしそうである。クラスメイトの中でもちらほらと転職を決めた人たちが出てきており、祭りの終わりが近いのだなと感じさせられる。おそらく数年後に2018年を振り返るとき、おそらく自分の人生の中でもっともクレイジーな年だったと思い出深く回想することになるのだろう。なにしろ、すでに年の前半をどのように過ごしていたかについて、さっぱり記憶がないくらいなのだから。そんなクレイジーな年もあと3ヶ月弱。なんとか最後までこの勢いを保ち続けたい。Full speed ahead.

世の中は三連休だというのに

またずいぶん間が空いてしまった。この9月は5月に勝るとも劣らないほどするべきことが多く、三連休にもかかわらず、するべきことのリストがまったく減らないという状況が慢性的に続いている。学校関連の課題も相変わらず重いのだが、それ以上に引き継ぎと送別会に時間をとられており、少なくとも来週いっぱいはまったく休めそうにない。今の会社では、なんとなく人間関係が希薄だったなあと感じていたのだが、いざ退職するとなったら、偉い人たちからスタッフの人たちまで、いろいろな人が送別会を企画してくれて、スケジュール調整に苦慮しながらもうれしい驚きを感じている。会社を去るとはいっても、やはり人間関係は結局個人と個人に帰着するので、こういう縁はひとつひとつ大事にしたいなあと思う。

 

☆☆☆

 

今日は起業論の授業で、課題は新規ビジネスの案を出すといったものであった。いろいろ考えたあげく、僕が出したアイデアは、「遊び相手・話し相手がほしい人たちのところに、友達を派遣する」というビジネスであった。我ながら、「こりゃあ噴飯ものかなあ」と思っていたし、同じグループのメンバーにも、「すげえ日本人的な発想だな」と言われていたので、どうなることやらと思っていたのだが、意外にも先生からの反応は悪くなかった(10点満点で8点)。まあもちろん、僕が実際に起業するとして、このアイデアで投資家から資金調達ができるとはとても思えないのだが…。ともあれ、将来的に自分の手でビジネスを生むということを現実的に考えると、そういうところの引き出しをもっと増やす必要があるし、思考回路そのものを変えていかなければなあと思った。

 

☆☆☆

 

ひどく逆説的ではあるのだが、そろそろ自分の勉強がしたい、というかしなければならない。仕事をしながらMBAの勉強なんかをしていると、結局双方の課題に追われてしまって、「自分が本来必要だと思っていること」の勉強がほぼできないため、若干のストレスを感じはじめている。次の仕事関連の本も読みたいし、投資や語学の勉強もしたい(ちなみに、英語の学習をする場としては、残念ながら、MBAは効率がいいとは言えない)。もちろん、久しぶりに哲学の本を読みたいという気持ちもある。おそらくは、12月に学校が終わったら、このあたりの整理も含めて、年度内いっぱいは向こう3年ほどの地ならしをする時期になるのだろうと思う。37歳――僕がずっとマイルストーンとして考えていた歳だ。

 

☆☆☆

 

ということで、退職・入社まであと1週間、卒業まで2ヶ月半。自分でもよくわからない状態だが、とりあえずは目の前の課題をひとつひとつしっかりとこなすようにしたい。次のエントリを書く頃には、おそらくは次の会社に移っているだろう。秋の訪れとともに、僕の日常は大きな変化を迎える。感情が追いついていけないほどの速さで。

タフネゴシエーターへの道

ずいぶん久しぶりの投稿である。今年は年明けからずっとそうなのだが、また忙殺されており、筆を執ろうという気にどうしてもなれなかった。シンガポールにいる間であれば、とりあえず家事の負担は減るので、少し時間がとれるかなあと期待していたのだが、結局宿題とソーシャル(飲みともいう)で隙間のほとんどが埋まってしまい、自分を省みるような余裕も時間もほとんど確保できなかった。ようやく身の回りのことの申し訳程度の整理が終わり、ここ10日ほどのことを思い出しながらキーボードを叩いている。

 

☆☆☆

 

今回の集中講義のテーマはネゴシエーションであった。交渉の理論的な枠組みの解説から始まり、交渉のロールプレイを行った上で、相手へのフィードバックを行うという流れで講義は進められた。元々自分ではわかっていたのだが、やはり自分の交渉下手さが白日にさらされたという感じで、ロールプレイでは3連敗であった。まあ元来向いていないところに、さらに英語のハンデが加わるので、まあ結果自体はむべなるかなという感じである。返ってきたフィードバックには、「アイコンタクトができていない」、「問題の核心にすぐに入ろうとしない」、「交渉の全体像の構造化ができていない」などというものがあった。わかってるよ、と思いつつ、「ハア…」と落ち込んでしまうところではあるのだが、35年以上も、農耕民族的に「あいまいな私」を生きてきたわけだから、まあ仕方のないところなのかもしれない。そはいえ、これらのフィードバックも含めて、学ぶところの非常に多かった講義で、これは受ける価値のあるものだったなと思った。例えば、「相手のファースト・オファーは原則的に受けてはいけない」なんていうことは、僕はこれまでの人生で考えたこともなかった。もし10月からのポジションの給与交渉が、この講義を受けたあとだったら、もう少し僕のサラリーには色がついていた…かもしれない。

 

☆☆☆

 

なぜか9月に入ってこのブログのトラフィックがずいぶん増加しており、平均閲覧数が1日70~80という状態になっている。まあ見てくれる人がいるというのは喜ばしいことではあるのだが、特に読んで誰が得するわけでもないこの独白に、どのような社会的価値や需要があるのかというのは甚だ疑問である。まあ「30代後半の男性が、複数の社会的ペルソナを演じてヘロヘロになりつつも、なんとかもがいて生きていく話」としてはなかなか面白く読めるかもしれない。例によってどうでもいい話ではあるのだが。

 

☆☆☆

 

というわけで、MBAライフは最後の3ヶ月に入る。その間に、現職の有給休暇消化なしで転職をするという、どう見てもクレイジーなスケジュールだが、すでに賽は投げられている。やるしかないのだ。年末にすべてが片付いたら、ゆっくりコーヒーを飲みながら、スラムダンクの全集を読むというのが、今現在の僕のささやかな夢である。

季節は過ぎていくのに

「退職したい」ということを告げたとき、上司の顔色は今まで見たことのないものに変わった。その後、約1時間の慰留。ここ2週間で一番辛い時間だった。すでに次に行くことを完全に決めていた状態だとはいえ、人の期待を裏切ることは生来好むところではないし、曲がりなりにも3年半という時間をこの組織で過ごしてきたからである。それでも、僕はこの決断を悔やむことはないだろし、おそらく5年後、10年後の僕は、この転職を人生のターニング・ポイントとして述懐するだろう。36年という年月の中でわかったことだが、そうした種の直感や感覚は、だいたい正しい。ちなみに、僕がこれから組織の働く会社の社訓には、「(概ね)正しい判断を」、「先入観を持って」、早く行え、というものがあるが、僕のこのキャリアチェンジは、この社訓を正しく実行したものとも解釈できるかもしれない。

 

☆☆☆

 

秒速5センチメートル』のダメージは予想していたよりもずいぶんと重く、毎日深夜にyoutubeで予告編を見直し続けているという軽い中毒症状になっている。考えてみれば、『国境の南、太陽の西』を村上春樹の長中篇最高傑作と考えている僕に、同じようなプロットであるこの小品が刺さらないはずがないのである。正直、この作品についてであれば、僕は独白を2万字分くらい続けられる自信があるが、それはどこまで行っても、過去を「オカズ」にした僕のマスターベーションになってしまうだろう。ともあれ、新海誠くらい男心を精緻に描ける人は、今の日本でアーティストと呼ばれる人たちの中でも数えるくらいしかいないのではないかという気がする。「その瞬間、永遠とか、心とか、魂とかいうものがどこにあるのか分かった気がした。13年間生きてきたことすべてを分かち合えたように僕は思い、それから次の瞬間、たまらなく悲しくなった」とかいうような、村上春樹臭と中二臭にあふれた台詞回しなんか、もう絶妙にツボで辛くなってくる。BGMはやはりブラームス

  

☆☆☆

 

娘2人を連れて「デザインあ展」を見に行く。日曜ということもあって、入場まで一時間半待ちと大入りであった。客層は幅広く老若男女が入り乱れており、天下の公営放送のブランド力を改めて見せつけられる。テレビで放映されているのも毎回凝った内容だが、展示もそれに負けず劣らず練られたもので、久しぶりに自分の中の感性が刺激されているのを感じた。特に印象的だったのは、最後のほうに展示されていた一週間の日常が繰り返される映像である。描かれている男は5日間オフィスでデスクワークをして、2日間海辺でリラックスするという日常をひたすらに繰り返すのだが、それを見ていたらなんとも暗澹たる気持ちになった。娘からは「これはパパの人生だね」とのコメント。小学生に容赦の二文字はない。

 

☆☆☆

 

来週はまたシンガポールなので、そのための準備でまたバタバタとしそうである。そういえば、今年は花火と呼ばれるものを一度も見ていない。